デイリーディボーション 1月18日(木)

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デイリーディボーション 1月18日(木)

2018年1月18日(木)

【通読】
ローマ人への手紙 4:4-7
4働く者の場合に、その報酬は恵みでなくて、当然支払うべきものとみなされます。5何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。6ダビデもまた、行ないとは別の道で神によって義と認められる人の幸いを、こう言っています。7「不法を赦され、罪をおおわれた人たちは、幸いである。8主が罪を認めない人は幸いである。」

【ポイント】
①「行いによる義」という呪縛から抜け出す
私の個人的な印象として、多くの日本人は5節に記されている「何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる」という神様の恵みを受け入れるのが下手なようです。勤勉を美徳とする日本の文化の中では「何の働きもない」にもかかわらず、神様から受け入れられる(義とされる)ことを「ずるいこと」「申し訳ないこと」などと感じるようです。「働かざるもの食うべからず」という教えが染み付いているのかもしれません。頭では「信仰による義」を理解しているのですか、感覚的、感情的にしっくり来ないのです。

②恵みを恵みとして受ける
この問題を解決する唯一の方法は、刷り込まれている古い価値観を横に置き、素直に神様の恵みを受け取ることです。なぜなら、4節にあるように、もし働きや努力の対価として神様の義を手に入れるとしたら、それは恵みでも愛でもなく、ビジネスになってしまうのです。先日も学びましたが、子どもが家庭で「今日の晩ごはん代はいくらですか?」と言わないのと同じなのです。天のおとうさんは、私たちが愛、恵みは素直に受け取るときに喜んで下さるのです。こどもから「お母さん(お父さん)、今日の晩ごはんすごく美味しかった!ごちそうさま!」と言われる時に親が嬉しく感じるのと同じなのです。

③感謝と賛美が一番の応答
神様は自分の会社の社長でも、取引先の社長でもありません。天の父なのです。そこに「ギブアンドテイク」「サービスと対価」というような関係は存在しないのです。神様は私たちを愛し、私たちが愛を持って応答することを望まれています。愛の応答には様々な形がありますが、最もシンプルで自然なものは、「感謝」と「賛美」です。上の例で言えば「ごちそうさま!」は感謝で、「すごく美味しかった!」が賛美ということができるでしょう。このように考えるとなぜ神様が私たちの「感謝」や「賛美」を喜ばれるのかを理解できるでしょう。

今日も、子どもが親に話しかけるように、「感謝」「賛美」をもって神様に語りかけてみましょう。ひとり言でもよいのです。道を歩いている時、電車の中、車の中、買い物中、皿洗い中など、神様と二人きりになれるチャンスを見つけて、語りかけるのです。この習慣があなたと神様の関係をぐっと近いものに変えるのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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