デイリーディボーション 1月21日(月)

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デイリーディボーション 1月21日(月)

2019年1月21日(月)
コリント人への手紙 第2 12:1-5 1無益なことですが、誇るのもやむをえないことです。私は主の幻と啓示のことを話しましょう。2私はキリストにあるひとりの人を知っています。この人は十四年前に――肉体のままであったか、私は知りません。肉体を離れてであったか、それも知りません。神はご存じです、――第三の天にまで引き上げられました。3私はこの人が、――それが肉体のままであったか、肉体を離れてであったかは知りません。神はご存じです、―― 4パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いたことを知っています。5このような人について私は誇るのです。しかし、私自身については、自分の弱さ以外には誇りません。
【ポイント】 ①パウロへの啓示 「あるひとりの人」とは、6,7節の記述などからパウロ自身であることが推察できます。5節にあるように、パウロは「弱さ」については堂々と誇ることができたのでしょうが、他者から「自慢」と思われるような体験を分かち合うことに躊躇を覚えたのでしょう。
パウロが天に引き上げられたと思っているこの経験は、パウロにとっては自分が間違いなく神様のみ心を行っているという確信、さらに迫害の中で命を落としたとしても、すぐに主のもとに行くことができる確信を得ることができた、極めて重要な啓示だったのです。使徒としての権威を疑う人々からどのような攻撃を受けたとしても、このような啓示が与えられていたために、パウロは自分がキリストから使徒として立てられている確信が揺らぐことがなかったのでしょう。
②パウロへの啓示を信じる クリスチャンの中には「自分もパウロのような経験をしたい。」「熱心に祈ったり、断食したりすれば、特別な啓示が与えられるのではないか。」と思っている人がいるのではないでしょうか。もちろん、神様がご自身の計画の中で、特定の人に特別な啓示を与えられることもあるでしょう。しかし、その願いの中に「他のクリスチャンよりも特別の経験したい」「他のクリスチャンよりも優れた特別の存在でいたい」というような間違った動機が含まれていることが多いのです。
私たちにとって大切なことは、自分がパウロと同じ体験をすることではありません。私たちは、パウロの証しを聞き、パウロが間違いなくキリストから立てられた使徒であることを信じ、パウロの手紙が彼の人間的なメッセージではなく、神様の御心の啓示であると信じることができるのです。私たちが注目すべきは、「パウロの体験」ではなく「パウロに与えられた使徒としての権威」なのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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