デイリーディボーション 1月9日(土)

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デイリーディボーション 1月9日(土)

2021年1月9日(土)
ペテロの手紙第一 4:3-5-6 5彼らは、生きている人々をも死んだ人々をも、すぐにもさばこうとしている方に対し、申し開きをしなければなりません。6というのは、死んだ人々にも福音が宣べ伝えられていたのですが、それはその人々が肉体においては人間としてさばきを受けるが、霊においては神によって生きるためでした。
【ポイント】 ①「死んだ人々」とは? 6節の「死んだ人々」は解釈が難しいとされている表現です。もっとも一般的な理解は「既に肉体の死を経験したクリスチャン」と言うものです。5節との関連を考えても、最も妥当な解釈だと思います。つまり、ここでペテロが言いたいことは、1)肉体が生きていようが死んでいようが神様のさばきの対象であること、2)イエス・キリストを信じるクリスチャンは「肉体」の死を経験するが、「霊的な部分」は永遠の死から救われ、生きる者とされているということです。ゆえに、イエス・キリストを信じないで死んだ者が、死後に福音を聞き救われるということを説明しているわけではないということです。
②「さばきの座」を侮ってはならない さらに、ここで重要なポイントは、終わりの時には、すべての人間(生きている人々も死んだ人々も)が神様のさばきの座に立たされ、「申し開き」をすることになるということです。「10それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。」(ローマ14:10)、「10なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。」(2コリ5:10)。
そして、私たちはその「さばきの座」で言い渡される判決をすでに知っています。「18御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。」(ヨハネ3:18) キリストによって明らかにされた神様の愛を信じ、神様との愛の関係を保っている人は、その関係が永遠い保たれるのです。反対に、神の愛を受け入れず、神様との父と子の関係を持つことを拒んだ者は、その希望通り、永遠に孤独の中で過ごすのです。イエス様は、当時の人々が理解できるように、神様との愛の関係を持たない状態は、炎で焼かれ続けるような苦しみであると説明されました(参ルカ16章)。
ですから、キリストに対し誠実に歩んでいる者にとっては「さばきの座」は希望であり、キリストに不誠実な者、キリスト者を迫害する者にとっては恐怖と絶望の瞬間となるのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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