デイリーディボーション 10月10日(水)

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デイリーディボーション 10月10日(水)

2018年10月10日(水)

コリント人への手紙 15:53-56
53朽ちるものは、必ず朽ちないものを着なければならず、死ぬものは、必ず不死を着なければならないからです。54しかし、朽ちるものが朽ちないものを着、死ぬものが不死を着るとき、「死は勝利にのまれた」としるされている、みことばが実現します。55「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」56死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

【ポイント】
①死者の復活は旧約聖書の約束の成就
54節の「死は勝利にのまれた」はイザヤ書25:8「永久に死を滅ぼされる。神である主はすべての顔から涙をぬぐい、ご自分の民へのそしりを全地の上から除かれる。主が語られたのだ。」から、そして「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」はホセア書 13:14「わたしはよみの力から、彼らを解き放ち、彼らを死から贖おう。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。よみよ。おまえの針はどこにあるのか。あわれみはわたしの目から隠されている。」からの引用だと思われます。イエス・キリストの復活はこれらの約束の成就なのです。反対に、死者の復活がなければ、これらの旧約聖書の預言は依然として成就していないことになります。

もし、イエス様の復活がなければ、つまりイエス様が「最後のアダム」として全人類の罪の贖いの道を与え、ご自身が罪の報酬である死から私たちを救い出す力をお持ちの方であることが証明されていなければ、エペソ2章に記されている通り、異邦人である私たちは真の神様を知ることもなく、ただ滅びに向かって生きているだけの存在となってしまうのです。

エペソ2章
11ですから、思い出してください。あなたがたは、以前は肉において異邦人でした。すなわち、肉において人の手による、いわゆる割礼を持つ人々からは、無割礼の人々と呼ばれる者であって、12そのころのあなたがたは、キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。

ライフチャーチ
大谷信道


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