デイリーディボーション 10月16日(水)

150.60.159.37誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 10月16日(水)

2019年10月16日(水)
ピリピ人への手紙  3:10-11 10私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、11どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。
【ポイント】 ①神様の被造物に与えられているある法則を知る 聖書を読むと、私たち被造物に与えられている法則に気が付きます。それは、神様の御心を行うことには「苦しみ」が伴うことです。4章8節を見てみましょう。「8 最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。」これらはすべて神様の御心を行うという意味なのですが、実践のためには大小さまざまな苦労があるはずです。良いことに「心を留め」生きることは、非常に面倒くさいことでもあります。しかし、その苦労の先には喜びがあるのです。なぜなら、いずれ神様がその努力を労ってくださるからです。
一方、神様の御心と逆のことを行うことには苦労は必要ありません。自分の欲望を満たしたいという気持ちは、大きなモチベーションとなるからです。例えば、ガラテヤ5章の肉の実を見てみましょう。「19 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、20偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、21ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。」これらを行うことに、大きな苦労も苦しみも必要ありません。
ですから、神様の御心にかなった歩みを続けること、主にある兄弟姉妹と愛し合い、健全な教会、家庭を築くことには大変大きな苦労、苦しみ、忍耐が必要になるのです。自分が御心を行っていても、周りの状況が変わらないと「もういいや!」と、その努力をやめてしまいたくなることもあるでしょう。そのようなときはどうしたらいいのでしょうか。その時にこそ、今日のパウロの証しが大切になるのです。つまり、私たちの苦労、苦しみは、自分のためでも、相手のためでもなく、私たちの罪のために十字架で苦しんでくださったイエス様のために行っていることを再確認することです。想像を超える苦難の中でパウロを支え、モチベーションを与えていたのは、イエス様の十字架であり、十字架にかかってくださったイエス様との個人的な交わりだったのです。
あなたは、神様の前に正しい歩みをすることに苦しみを覚えた時に、夫婦関係や親子関係に悩みや疲れたを覚えた時に、イエス様の苦しみを想像する習慣を身に着けていますか?この点についても、私たちはパウロに倣う者となる必要があるのです。
ライフチャーチ 大谷信道


side_worship side_info