デイリーディボーション 10月2日(金)

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デイリーディボーション 10月2日(金)

2020年10月2日(金)
へブル人への手紙 13:13-14 13ですから、私たちは、キリストのはずかしめを身に負って、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか。14私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。
【ポイント】 ①「後に来る永遠の都」を求める 現在、世界中に数えきれないほどのキリスト教の教団・教派・教会が存在します。そして、それぞれが自分たちの正統性を主張しています。ですから、一般のクリスチャンの方のほぼ全員が「自分は正統的なキリスト教会に通う、正統的な信仰を有する者である」と思っていることでしょう。反対に、わざわざ異端的(非聖書的)な教会を探してクリスチャンになったり、メンバーになったりする人はほとんどいないのです。
残念なことに、教団・教会のホームページや印刷物に「私たちは聖書を大切にする正統なキリストの教団・教会です」と謳っていたとしても、そこで教えられている事、信じられている事が聖書的であるとは限らないという現実があるのです。
そこで、私たちクリスチャンは、自分(自分の教会)の信仰は正統的であるという思い込みを捨て、自分の信仰、自分の教会の信仰が本当に聖書的であるのか否かを見極める力、聖書的でない教えに迷わされない力をつけることが大変重要になります。それが、ヘブル書の著者が昨日の個所で教えていることなのです。「9さまざまの異なった教えによって迷わされてはなりません。食物によってではなく、恵みによって心を強めるのは良いことです。食物に気を取られた者は益を得ませんでした。」それは決して難しいことではありません。例えば、今日の個所からも、自分の信仰が聖書的であるのか否かを確認することができます。例えば、14節から「自分(自分の教会)は、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのか?」という質問を、自らに問いかけるのです。
この世の人々は、自分の進路、自分の学歴、自分のキャリア、自分の結婚、自分の家庭、自分の収入、自分の健康のことで頭がいっぱいです。もちろん、それらは「やりがい」や「生きがい」を感じることができ、地上で生きるためには大切なものです。それらを手に入れれば、地上では幸せな人、祝福された人と言われることでしょう。しかし、聖書はあくまでも、この地上は一時的なものであり、それらを地上で手に入れていなくても、イエス・キリストを信じる私たちは、忍耐強く「後に来ようとしている都」を求めるように教えているのです。
私たちの教会での教え、私たちの祈りなどが、地上での祝福ばかりに偏っていることはないでしょうか。「今の幸せ」「今の喜び」「今の満たし」ばかりを求め、それらの願望を満たしてくれる説教をしてくれる教会(牧師)が良い教会(牧師)というような近視眼的な信仰に陥っていることはないでしょうか。
聖書は繰り返し、地上では忍耐をもって過ごし、天で与えられる祝福を求め、そこに希望を置くことが、私たちの目指すべき信仰であると教えているのです。このポイントを外す時に、私たちのキリスト教の信仰は、単なる「この世の教え」に変質してしまうのです。
ピリピ人への手紙 3章17-21節 「17兄弟たち。私を見ならう者になってください。また、あなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。18というのは、私はしばしばあなたがたに言って来たし、今も涙をもって言うのですが、多くの人々がキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。19彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼ら自身の恥なのです。彼らの思いは地上のことだけです。20けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。:21キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。」
ライフチャーチ 大谷信道


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