デイリーディボーション 10月23日(水)

150.60.159.37誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 10月23日(水)

2019年10月23日(水)
ピリピ人への手紙  4:1-3 1そういうわけですから、私の愛し慕う兄弟たち、私の喜び、冠よ。どうか、このように主にあってしっかりと立ってください。私の愛する人たち。2ユウオデヤに勧め、スントケに勧めます。あなたがたは、主にあって一致してください。3ほんとうに、真の協力者よ。あなたにも頼みます。彼女たちを助けてやってください。この人たちは、いのちの書に名のしるされているクレメンスや、そのほかの私の同労者たちとともに、福音を広めることで私に協力して戦ったのです。
【ポイント】 ①主にあってしっかりと立つ このところ日本においては、企業などにおける法令順守(コンプライアンス)の大切さが浸透してきているようです。法律や規則を守る意識の高まりは歓迎すべきことですが、同時に国民全体が聖書でいうところの「律法主義者」に陥っている傾向があることも事実です。つまり、国民の多くが、誰かが問題を起こすことを心待ちにし、問題が起きればその人物を徹底的に攻撃したり、批判したがるという風潮です。
クリスチャンの中にも、勧善懲悪が神様の前で正し姿勢(義)であると思っている人が多いと思います。もちろん、罪を罪、悪を悪と正確に認識することは大変重要なことですし、罪、悪が横行することを許してはなりません。しかし、イエス様が望まれていることは、罪人をさばくことではなく、罪人を罪から立ち返らせることであることを忘れてはなりません。私たちは罪の横行は許しませんが、罪を犯してしまった人を赦すことができるということです。(参:ヨハネ8章)
パウロの「主にあってしっかりと立ってください!」というメッセージはまさにそういうメッセージなのです。つまり、「主にあってしっかりと立つ」とは、罪を犯さずに正しく生きなさいというメッセージではなく、様々な問題がある中で、一つの問題で教会全体が揺るがされることなく、すべてのメンバーが主にあって愛し合い、赦しあい、悔い改め合うこを求めているのです。恐らく2節のユウオデヤとスントケは、ピリピ教会の中の一致を破壊する原因を作り出していた本人たちなのでしょうが、パウロは二人に一致を求めるだけでなく、すべてのメンバーに「真の協力者よ。あなたにも頼みます。彼女たちを助けてやってください。」と命令しているのです。
つまり、私たちが「主にあってしっかりと立つ」ため、そして「主にある一致」を実現するためには主にある「赦し」が必要だということなのです。今日のパウロのことばには、問題の本質を直視しながらも、主にある赦しを実践する中で、主にある一致を求めなさいという、わたしたち対するメッセージが含まれているのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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