デイリーディボーション 11月10日(土)

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デイリーディボーション 11月10日(土)

2018年11月10日(土)

コリント人への手紙 第2 4:11-12
11私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。12こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。

【ポイント】
①パウロの苦しみは証し
「死に渡されている」とは、パウロが受けている迫害や反発などを指していると思われます。パウロは5節で「私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。」と宣言していた通り、自分の利益を求めず、どのような困難の中にあってもイエス・キリストの福音を忠実に語り続けていることこそが、自身が使徒である証であることを説明しているのです。

それでは、この箇所は私たちに対するどのようなメッセージが含まれているのでしょうか。直接的な迫害を受けていない私たちですが、私たちが間違いなくイエス様の弟子であることを証しし続けていくことが求められていることは同じです。「34あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。35もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」(ヨハネ13章)これまでライフチャーチの礼拝メッセージで繰り返し学んできたポイントですね。互いに愛し合うという命令は単なる倫理的な教えではないのです。実は、相互愛の実践は未信者に対する証しであり、伝道であるのです。例えば、夫婦が純粋にキリストの愛によって愛し合っている姿は子どもたちに対する最高の証し、伝道なのです。その反対は言うまでもありません。

パウロが迫害の中で証しを立て続けたように、私たちも愛の実践によって主を証しし続けようではありませんか。

ライフチャーチ
大谷信道


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