デイリーディボーション 11月17日(土)

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デイリーディボーション 11月17日(土)

2018年11月17日(土)

コリント人への手紙 第2 5:8-10
8 私たちはいつも心強いのです。そして、むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほうがよいと思っています。9
そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。10
なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

【ポイント】
①「さばきの座」は喜びの座
今日の箇所を読んで、あなたは「恐れ」を感じましたか?それとも「喜び」を感じましたか?パウロは間違いなく「喜び」を覚えています。なぜなら、人々からどのような迫害を受けても、どのように非難されても、パウロは神様の御心に忠実に歩んでいるという確信を持っていたからです。

しかし、それは罪を犯さない完全な生き方をしていたという意味ではありません。私たちクリスチャンは、イエスさまを信じる信仰によって罪が赦され、永遠が与えられています。ですから、私たちクリスチャンは「自分は罰を受けるのではないか?」という恐怖感を持ちながらイエス様のさばきの座に着く必要は全くありません。ですから、私たちクリスチャンはイエス様のさばきの座に大胆に近づくことができるのです。

ヘブル人への手紙4章
15私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。16ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

さらに、私たちは、罰が与えられないという「安心感」だけでなく、大きな「喜び」をもってイエス様のさばきの座に着くことができることが今日の箇所からわかります。それは「罪が赦された者」としてだけでなく「忠実なしもべ」としてイエス様の御前に立つことです。この世からどのような迫害を受けても、教会の中に入り込んだ間違った福音を伝える人たちからどのような非難を受けようが、パウロはイエス様に忠実に仕えているという確信ゆえに、イエス様がさばきの座で自分を喜んでくださるという確信も持っていたのです。

あなたはどうでしょうか?イエス様からの愛の応答として、イエス様に忠実に仕えて行こうではありませんか。この世にあっては、家族や友人から私たちの信仰の歩みや献身がバカバカしいものだと判断されることもあるでしょう。しかし、私たちが本当に考えるべきは、この世の人々からの評価ではなく、イエス様からの「労い」なのです。さばきの座において、イエス様から「よくやった。良い忠実なしもべだ。」(マタイ25:21)という一言がいただければ、私たちの地上での迫や、誘惑などからの苦しみはすべて吹き飛び、喜びと変えられるのです!

ライフチャーチ
大谷信道


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