デイリーディボーション 11月29日(木)

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デイリーディボーション 11月29日(木)

2018年11月29日(木)

コリント人への手紙 第2 6:11-13
11コリントの人たち。私たちはあなたがたに包み隠すことなく話しました。私たちの心は広く開かれています。12あなたがたは、私たちの中で制約を受けているのではなく、自分の心で自分を窮屈にしているのです。13私は自分の子どもに対するように言います。それに報いて、あなたがたのほうでも心を広くしてください。

【ポイント】
①自分の心で自分を窮屈にしない
パウロは今日の箇所で「私たちはあなたがたに包隠すことなく話しました。」と告白しています。つまり、自分の利益を求めず、キリストの福音を忠実に伝え、教会の形成に尽力しているという自分の生き様をすべて明らかにしてきということです。同時に、パウロの働きを妨害している「にせ使徒」(11:13)たちは、その動機の不純さゆえに「包み隠すことなく」話すことはできないことを示唆しているとも思えます。

客観的に見れば、コリント教会の人々は中に入り込んでいる「にせ使徒」または、パウロの働きを悪意を持って妨害する人々が、キリストの福音を忠実に教えていないこと、福音に忠実な生き方をしていないことは明らかだったと思われますが、教会の多くの人々は心を頑な(窮屈)にしていたため、その事実を見ることができなかったのです。ですから、パウロは自分も心を開いているので、コリント教会の人々も心を頑なにせず、誰が本当にキリストに忠実なものなのかを見極めるように求めているのです。

なぜ、人々は客観的に真実なものを見分けることができなかったのでしょうか。言うまでもなく、それを邪魔しているのは「罪の性質」です。純粋な福音は、私たちに悔い改め、心の砕き、主にある新しい生き方を迫ります。しかし、私たちの罪の性質はそれを嫌がるのです。常に、自分の欲望を満たす方向、自分なりの生き方を維持する方向へと流されてしまう傾向があるのです。

再度、テモテへの手紙第二4章を確認しておきましょう。

「2ことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。3というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、4真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。」

この地上には完全な教会(クリスチャン)は存在しません。福音に忠実に歩んでいるのかを精査すれば、どの教会(クリスチャン)にも問題点、課題が見つかるはずです。しかし、そこで大切なことは、その教会(クリスチャン)が自分の問題点を正直に認めつつ、キリストの忠実に従っていきたいという祈りを持っていることです。反対に、心を頑なにし、自分たちの問題点を正当化したり、課題を見て見ぬふりをしてしまう教会は、コリントの教会のように不健全な状況に陥ってしまう可能性があるのです。ですから、私たちは聖書のみことばにたいし「心を広く」し、正直に、素直に聞き続けることが求められているのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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