デイリーディボーション 12月1日(土)

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デイリーディボーション 12月1日(土)

2018年12月1日(土)

コリント人への手紙 第2 6:16-18
16神の宮と偶像とに、何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神はこう言われました。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。17それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。汚れたものに触れないようにせよ。そうすれば、わたしはあなたがたを受け入れ、18わたしはあなたがたの父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる、と全能の主が言われる。」

【ポイント】
①「つり合わぬくびき」とは? ーその2ー
今日は、昨日と今日の箇所でパウロがコリント教会のクリスチャンに伝えようとしていた内容を考えてみましょう。パウロはこれまでの箇所で、自分の生き様を見てもらえれば、自分が間違いなくキリストの使徒であることが理解できるはずだと述べて来ました。しかしそれは、コリント教会の中に入り込み、パウロの個人的な誹謗中傷を煽り立てている人々の生き方、発言をみれば、彼らがキリストへの純粋な信仰を持っていないことが明らかであることを示唆していたのです。つまり、14節の「不信者」とは、教会外の人ではなく、コリント教会の中で問題を引き起こしている人々だということなのです。

つまり、パウロは、コリント教会の中にいる純粋な信仰を持っている人たちに、パウロを誹謗中傷する人々がイエス・キリストの福音に不忠実であり、間違った福音を教えている「不信者」であることに気が付かせたかったのです。さらに、そのような人々がどれほど教会の一員でありたいと願ったとしても、キリストの福音に立っていない人々とは決して一致することも、同じ方向に進むこともできないと警告を与えているのです。人々を故意にキリストの福音から引き離そうとする人々と、キリストの福音を信じ歩んでいきたい人が「同じくびき」を引くことは実質的に不可能だからです。

背景にある問題は、コリント教会の純粋な信仰を持っているクリスチャンたちが、信者のふりをして教会に入り込んでいる「不信者」を見分け、必要があれば交わりを断つという毅然とした態度を取ることができなかったということでしょう。1コリントでも、似たような問題が指摘されていましたね。

「私が書いたことのほんとうの意味は、もし、兄弟と呼ばれる者で、しかも不品行な者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪する者がいたなら、そのような者とはつきあってはいけない、いっしょに食事をしてもいけない、ということです。」(1コリ5:11)

大変厳しいメッセージですが、「キリストのからだ」である教会がその健全さを保つためには、時として厳しい判断も求められるということなのです。この世の「自浄作用」と似ていますね。最近騒がれている自動車メーカーの騒動も、問題の本質は逮捕された人たちだけでなく、むしろ「自浄作用」を健全な方法で働かせることができなかった周囲の人々にあるのではないかと感じている人も少なくないでしょう。パウロは問題を引き起こしている人々を糾弾するのではなく、むしろ教会員が正しい判断力を身につけ、自浄作用を働かすことができるように導いているのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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