デイリーディボーション 12月20日(水)

誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 12月20日(水)

2017年12月20日(水)

【通読】
マタイの福音書 28:20
20また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

【ポイント】
①「何を教えるのか?」よりも大切なこと
今日の箇所でも重要なポイントは、イエス様との関係です。福音書からイエス様の教え、命令をすべて抜き出し、リストを作り、一つ一つ守れるように努力を重ねることは決して悪いことではないでしょう。しかし、イエス様の命令を実践していくときに大切なことは、自分の動機がイエス様への愛、イエス様への忠誠心であることを確認することです。イエス様の時代のパリサイ人が律法に表されている神様の愛から離れ、ただ規則的、機械的に律法を守るように人々に教えていたという間違いを繰り返してはならないのです。

イエス様の愛への応答という意識がないと、イエス様の命令は単なる重荷でしかなくなってしまいます。重荷を負いながらのクリスチャン生活に喜び、平安はありません。イエス様はそのような苦しい人生を歩ませるために私たちを招き、弟子とされたのではないのです。マタイ11章のイエス様のみことばを聞いてみましょう。

「28すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。29わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。30わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

イエス様との愛の関係を築くことができると 、イエス様の命令は「重荷」ではなくなるのです。1ヨハネ5章も見てみましょう。

「3神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。4なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。5世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。」

人間は自分の好きなことには何時間でも没頭できるという力を持っています。自分の大好きなゲーム、遊び、趣味、スポーツ、勉強、仕事であれば、長い時間取り組んでも、それによって体に疲れを覚えても全く気にならないのです。むしろ、ヘトヘトに疲れても喜び、充実感を覚えることができるのです。

イエス様の命令を教えること、守ることも同じです。イエス様を大好きであれば、それは「重荷」ではなく、喜びとなるのです。

②まず教えるべきことは?
言うまでもなく「イエス様を愛すること」を教えることが大切です。もちろん、誰かを無理やりイエス様を好きにさせることはできません。カルト的な洗脳のテクニックや恐怖感を植え付けることによって人の思いをコントロールすることは可能かもしれません。しかし、そのような方法は、ご自身の愛を示すために自らを十字架にささげてくださったイエス様と正反対のやり方です。

私たちがまずするべきことは、聖書を一緒に読んでいくことでしょう。人が天の父、イエス様と個人的に出会い、その愛を知り、愛に触れることができるように導くことが弟子訓練の第一歩であり、ある意味ゴールでもあります。なぜなら、私たちがイエス様の愛に触れるときに、私たちは「イエス様に忠実に行きていきたい!」という思いが与えられるからです。

ライフチャーチ
大谷信道


side_worship
side_info