デイリーディボーション 12月29日(金)

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デイリーディボーション 12月29日(金)

2017年12月29日(金)

【通読】
ローマ人への手紙 1:23-25
23不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。24それゆえ、神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡され、そのために彼らは、互いにそのからだをはずかしめるようになりました。25それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。

【ポイント】
①偶像礼拝は他人事ではない
23節をみるとパウロが「偶像礼拝」に対する警告を発していることが分かります。しかし24節を見ると人間の「肉欲・不品行」の問題について指摘しています。一見すると一貫性のない箇所のように思えますが実はそうではありません。

「偶像礼拝」の問題の核は「自己中心性」です。「偶像礼拝」の問題は、作られた「人間、鳥、獣、はうもの」などの像を拝むことではなく、「自分の欲する神」、「自分のニーズに応えてくれる神」を自分勝手に作り上げること、偶像を自分勝手に取捨選択し、自分のお気に入りの神とすることです。

表面的には大変信心深そうに見えるクリスチャンがいたとしても、その宗教熱心さが自分の欲、ニーズを満たすことからでているとすれば、それは既に「偶像礼拝」になってしまっているのです。「自分は聖書の神・イエス・キリストを信じている!」と思っているとしても、それが自分の欲求を満たすための存在となっているとしたら、それは聖書に記されている神・イエス・キリストではなく、ただの「偶像」なのです。

ですから、私たちクリスチャンは自分の理想、想像などの先入観一度捨て去り、ゼロから真の神様を知る作業をすることが極めて重要なのです。「神様はこういう方のはずだ」という先入観からではなく、「聖書はまことの神様についてどのように伝えているのだろう?」という疑問を持ちながら聖書を読むのです。例えば、神様の愛、赦しの大きさについても、自分では理解しているつもりでいたとしても、実は50%ぐらいしか分かっていないかもしれないのです。ですから、パウロはエペソ人への手紙3章でこのように祈っているのです。

「17こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、18すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、19人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。」

ですから、神様の愛の「広さ、長さ、高さ、深さ」がどれほどであるのかを知り続ける歩みが、クリスチャンの歩みそのものと言うこともできるでしょう。なぜなら、この歩みと別の方向に進むと、偶像礼拝に陥ってしまうからです。偶像礼拝が他人事ではないことが理解できたでしょうか。

ライフチャーチ
大谷信道


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