デイリーディボーション 12月4日(土)

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デイリーディボーション 12月4日(土)

2021年12月4日(土)
マタイの福音書 14:13-17 13イエスはこのことを聞かれると、舟でそこを去り、自分だけで寂しい所に行かれた。すると、群衆がそれと聞いて、町々から、歩いてイエスのあとを追った。14イエスは舟から上がると、多くの群衆を見、彼らを深くあわれんで、彼らの病気をいやされた。15夕方になったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。「ここは寂しい所ですし、時刻ももう回っています。ですから群衆を解散させてください。そして村に行ってめいめいで食物を買うようにさせてください。」16しかし、イエスは言われた。「彼らが出かけて行く必要はありません。あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」17しかし、弟子たちはイエスに言った。「ここには、パンが五つと魚が二匹よりほかありません。」18すると、イエスは言われた。「それを、ここに持って来なさい。」19そしてイエスは、群衆に命じて草の上にすわらせ、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて、それらを祝福し、パンを裂いてそれを弟子たちに与えられたので、弟子たちは群衆に配った。20人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れの余りを取り集めると、十二のかごにいっぱいあった。21食べた者は、女と子どもを除いて、男五千人ほどであった。
【ポイント】 ①「奇跡」の理解の仕方を考える この個所を初めて読む人の多くが「こんなことあり得ない!」「クリスチャンは本気でこんなバカげたことを信じているの?」と思うことでしょう。むしろ、この出来事を無批判に事実であると信じ込んでしまうことの方が「危険」であるとすら思えます。しかし、「信じられないことを信じること」が「信仰」であると教えられているクリスチャンが少なくありませんし、そもそも「宗教」とはそのようなものであると理解している人も多いのです。
その顕著な例は、アメリカの福音主義クリスチャンの中に政治や新型コロナウイルスのワクチンに関する「〇〇陰謀説」を信じ込んでしまう人が多いという現象です。その原因は、クリスチャンは常識では考えられないような話を信じているという素地があると指摘する専門家もいるようです。
確かに、クリスチャン(他の宗教もそうですが)の世界では科学的な根拠がないことでもそれを信じることが「信仰」であるという共通認識があるように思えます。しかし、もし本当に神様が求める「信仰」がそのようなものであったとしたら、神様が御子を地上に遣わすというような出来事は不必要であったはずです。御子イエスは、神様とその愛についての「目に見える証拠」だからです。私たちクリスチャンは、常識では信じられないような出来事も含まれていますが、イエス様が私たちの罪を背負い、十字架で苦しみ、死なれ、三日目によみがえったという「事実」を信仰の根拠としています。
残念ながら、イエス様の十字架と復活のビデオ映像のような決定的な証拠はないわけですが、私たちは、その目撃者の証言を精査し、それが時事であったと認定し、信じることができるのです。5千人の給食も同じです。人口が現在よりもずっと少ない1世紀のパレスチナで、5千人もの人が体験し、目撃したという出来事を捏造することは極めて難しいと考えるのが論理的で合理的な見方ではないでしょうか。某教祖の「空中浮遊」のような密室の出来事をでっち上げることは簡単ですが、福音書の著者たちは5千人の証人がいると主張しているわけですし、書かれた当時には、目撃者への聞き取りも可能なわけです。
現代の科学では、5つのパンと2匹の魚でどのようにして5千人を満腹したのかを解明することはできません。むしろ、それは不可能であると結論付けるほかにないでしょう。しかし、5千人の人が満腹になったという事実が状況証拠として存在していたらどうでしょうか。イエス様、弟子たちの教えに敵対する人々が多数存在していた状況の中で、そのような事実はなかったという証言をする者によって福音書の記述が完全に否定されるような出来事にならなかったという事実にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
ライフチャーチ 大谷信道


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