デイリーディボーション 2月19日(月)

150.60.159.37誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 2月19日(月)

2018年2月19日(月)

※週報がアップデートされていませんでした。今週の箇所は下の通りです。
(月) 7:24-25(火) 8: 1- 3(水) 8: 4- 6
(木) 8: 7- 8(金) 8: 9-11(土) 8:12-13

【通読】
ローマ人への手紙 7:24-25
24私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。25私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

【ポイント】
①大切な叫び
24節のパウロの「叫び」は、真剣に、そして正直に律法と向き合う誰でもが行きつく「叫び」なのではないでしょうか。また、律法を知らない私たち異邦人も、真剣に、そして正直に自分の問題点(エゴ、自己中心性)と向き合い時に同じ体験をすることになるはずです。パウロのような絶望を感じていないとしたら、私たちの自分との向き合い方は中途半端なのではないかと思います。

昨日の礼拝でも触れましたが、私は、日本人の多くが自分の向き合い方が「中途半端」なのではないかと感じています。多くの人は自分について「自分はそこそこ良い人間」「まあまあ正しく生きている」という認識を持っているのではないでしょうか。ですから、「罪」ということばをきいてもピンと来ないのです。しかし、この中途半端な「良い人間」「正しい人間」という意識が、私たちを救いから遠ざけているのです。

ですから、私たち全員(クリスチャンになる前の人も、クリスチャンも)が、自分の罪深さと徹底的に向き合い、自分の罪深さを直視し、自分に絶望することが極めて重要なのです。放蕩息子と優等生の兄の話しを思い出しましょう。徹底的に自分の欲望に従って生きた弟は、自分の罪深さに絶望し、父の愛に気がついたのです。中途半端に優等生だった兄は、自分の罪深さにも、父の愛にも気が付かないまま生きていたのです。

イエス様の救いを知っているクリスチャンこそ、勇気をもって自分の罪深さと向かうことができるはずです。自分に絶望しても、その罪深い自分を愛してくださっている神様がいることを知っているからです。

ライフチャーチ
大谷信道


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