デイリーディボーション 2月5日(火)

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デイリーディボーション 2月5日(火)

2019年2月5日(火)
ガラテヤ人への手紙 1:6-10 6私は、キリストの恵みをもってあなたがたを召してくださったその方を、あなたがたがそんなにも急に見捨てて、ほかの福音に移って行くのに驚いています。7ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるのではありません。あなたがたをかき乱す者たちがいて、キリストの福音を変えてしまおうとしているだけです。8しかし、私たちであろうと、天の御使いであろうと、もし私たちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。9私たちが前に言ったように、今もう一度私は言います。もしだれかが、あなたがたの受けた福音に反することを、あなたがたに宣べ伝えているなら、その者はのろわれるべきです。10いま私は人に取り入ろうとしているのでしょうか。いや。神に、でしょう。あるいはまた、人の歓心を買おうと努めているのでしょうか。もし私がいまなお人の歓心を買おうとするようなら、私はキリストのしもべとは言えません。
【ポイント】 ①パウロの使徒職 その2 昨日、パウロが間違いなくイエス様から直接選ばれ、召された「使徒」であるという事実は、彼が書いた手紙を「聖書」と信じる私たちにとって極めて重要な事実であることを確認しました。
今日の箇所でも、パウロは自分自身が伝えた「福音」こそが真の福音であって、ある人々が間違った福音を伝えていると主張しています。例えば、ペテロについては、彼がイエス様から直接選ばれてた使徒であるという客観的な事実を各福音書に見ることができます。しかし、大変意地悪な味方をすれば、パウロがいかに熱心に自分が「使徒」だと主張したとしても、それはある種の「自己弁護」になってしまいます。実は、この点については、第二コリントで何度も学んできましたが、そこに記されているいる内容もやはり「自己弁護」でしたね。私たちは、パウロ自身のことば以外に、パウロが間違いなく使徒であり、その言葉が神のことばとしての権威を持つものであるという証拠(根拠)をどこに求めればよいのでしょうか。
パウロが「使徒」であるという、客観的な資料の一つは使徒の働き14章14節です。「14これを聞いた使徒たち、バルナバとパウロは、衣を裂いて、群衆の中に駆け込み、叫びながら、」使徒の働きの著者であるルカはパウロとバルナバを「使徒」と呼んでいます。これは、ルカだけでなく12使徒たちにも共有されていた認識であることを推察できます。
さらに、先日も触れた第二ペテロ3章16節です。「その中で、ほかのすべての手紙でもそうなのですが、このことについて語っています。その手紙の中には理解しにくいところもあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の個所の場合もそうするのですが、それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています。」ここでは、ペテロがパウロの手紙を旧約聖書と同じ扱いをしていることがわかります。
別の客観的な証拠は、パウロが語っていた福音がイエス様の福音との一致を保っているという事実です。長くなりましたので、この点については明日学ぶことにしましょう。
ライフチャーチ 大谷信道


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