デイリーディボーション 3月21日(土)

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デイリーディボーション 3月21日(土)

2020年3月21日(土)
テモテへの手紙 第一 2:12-15 12私は、女が教えたり男を支配したりすることを許しません。ただ、静かにしていなさい。13アダムが初めに造られ、次にエバが造られたからです。14また、アダムは惑わされなかったが、女は惑わされてしまい、あやまちを犯しました。15しかし、女が慎みをもって、信仰と愛と聖さとを保つなら、子を産むことによって救われます。
【ポイント】 ①男女差別でも戒律でもない その3 今日の個所こそ、男女(性)のあり方について、極めて多くの議論が交わされてきた箇所です。 まず、確認したいことは、ここに書かれていることは男にも置き換えることができるということです。つまり、男性が女性を教える様子、女性を支配する様子が「イエス様の互いに愛し合いなさい」という命令に反するものであれば、それは許容されることではありません。
「子を産むことによって救われる」という箇所も理解が難しい個所です。実際、当時の女性の死亡原因のトップは出産であったと言われています。もちろん、不妊の女性も少なからず存在していたと思われますから、「出産」が「救い」の条件であると断定しているわけではないと考えるのが妥当です。さらに、パウロは信仰による救いを繰り返し教えていますから、ここでの「救い」が「イエス・キリストを信じることによる罪の赦しと救い」ではないと考えられるのです。
パウロの頭の中には、男と女のあり方についての神様の創造の秩序のはっきりとしたイメージがあったのだと思われます。それは、エペソ5章の夫と妻のあり方の教えの冒頭にはっきりと表れていると思います。「21キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい。」つまり、その秩序は決して「上下関係」ではなく「愛の関係」という意味での「互いに従い合う関係」であるということです。
これらを考え合わせると、イエス・キリスト、そしてパウロが教えている男と女、夫と妻、それだけでなく主にある兄弟同士のあるべき秩序は、互いに従い合い、仕え合い、愛し合うというものです。パウロの目には、当時の女性(もしくは、問題になっている特定の女性たち)が当時の男性のように振る舞うことが決して神様の御心に沿った生き方ではないと映ったのでしょう。
ですから、物事は極めて簡単なのです。キリストの愛によって隣人を愛すればよいのです。家庭や教会で愛の実が結ぶために全力を尽くすのです。私たちが、男女のあり方についてどのように聖書的を解釈したとしても、私たち自身が「きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから出て来る愛を、目標として」歩んでいなければ、それは空しいものになってしまうのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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