デイリーディボーション 3月29日(木)

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デイリーディボーション 3月29日(木)

2018年3月29日(木)

【通読】
ローマ人への手紙 11:4-6
4ところが彼に対して何とお答えになりましたか。「バアルにひざをかがめていない男子七千人が、わたしのために残してある。」5それと同じように、今も、恵みの選びによって残された者がいます。6もし恵みによるのであれば、もはや行ないによるのではありません。もしそうでなかったら、恵みが恵みでなくなります。

【ポイント】
①救いも選びも恵み
ユダヤ人がどうしても理解できなかった、理解したくなかった真理は「恵み」です。つまり、神様のユダヤ人の選びは、神様の一方的な恵みと選びによるもので、ユダヤ人が特別であったわけでも、優れていたわけでもないという事実を認めたくなかったのです。

さらに、人間は自分の努力、自分の力によって何かを達成したり、手に入れることに達成感や誇りを感じるという性質を持っています。ですから、神様の恵みによって救われ、義とされるという真理に、怠惰な人間にだけ都合の良い話であると違和感を覚えるのです。とくに、真面目に努力を重ねている人ほど「恵み」に不公平さを覚えるのではないでしょうか。

しかし、私たちが自分の心に100%正直になる時に、自分の不完全さ、罪深さを自分の努力で解決することは絶対に不可能であることを認めることができるはずです。いかなる修行、鍛錬によっても、自分の罪を克服することはできないからです。自分の罪深さを正確に理解した人は、神様の助け、神様の恵みによらなければ、神様の前に正しい者として立つことができないこと気づくのです。

②救いに恵み以外のいかなる要素も付け加えてはならない
ですから、私たちは救いについては、「恵み」以外のいかなる条件を付け加えるようなことをしてはならないのです。家柄(クリスチャンの両親の元に生まれた)、人の手(宗教的権威)、行い(宗教的儀式、修行、努力)が救いの条件に付け加えられるようなことを絶対にしてはならないのです。なぜなら、「もし恵みによるのであれば、もはや行ないによるのではありません。もしそうでなかったら、恵みが恵みでなくなります。」とパウロが教えているからです。

大切なのは、天の父、御子キリストとの愛の関係のみです。愛の関係による救いが「恵み」なのです。愛の関係がベースになっている恵みの中に、人間的な努力、修行が入り込む余地はないのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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