デイリーディボーション 3月9日(火)

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デイリーディボーション 3月9日(火)

2020年3月9日(月)
テモテへの手紙 第一 1:14-15 14私たちの主の、この恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、ますます満ちあふれるようになりました。15「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。
【ポイント】 ①イエス様の福音に「忠実な者」として生きる その2 1章3-4節からテモテがいるエペソの教会の抱えていた問題について再度確認してみましょう。「3私がマケドニヤに出発するとき、あなたにお願いしたように、あなたは、エペソにずっととどまっていて、ある人たちが違った教えを説いたり、4果てしのない空想話と系図とに心を奪われたりしないように命じてください。そのようなものは、論議を引き起こすだけで、信仰による神の救いのご計画の実現をもたらすものではありません。」
問題の本質は、後の5節のことばを借りると「無益な議論」でした。そして、無益な議論の内容は「違った教え」「果てしもない空想話と系図」でした。ですから、パウロはこの2点の問題を解決するようにテモテに「命令」したのです。まず、「無益な議論」の問題は無益な争い、分裂、分派という実を結ぶだけなので、テモテがエペソの教会のメンバーに無益な議論をやめることを命じました。そして、その具体的な方法と目標について5節で「この命令は、きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから出て来る愛を、目標としています。」と教えました。
次に「違った教え」「果てしもない空想話と系図」につていは、15節の「15『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた』ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。」と宣言し、イエス・キリストから直接啓示を受けていない偽教師が、自分の勝手な想像や解釈によって教えることを禁じ、パウロが伝えた福音については議論をはさむ余地はないことを明確にしたのです。
議論をしている人たちはそれが重要だと思っているので議論しているので、自分たちは「有益な議論」をしていると信じています。この現象は現代の教会でも見られることです。確かに、クリスチャン一人ひとりが純粋な福音が何であるのかを学び、議論することは大切なことです。なぜなら、牧師から聞いた話、本で読んだ内容をそのまま無批判に受け入れてしまうクリスチャンがあまりにも多いからです。しかし、ただ議論をすればよいというものでもありません。議論の内容がいかに重要であったとしても、結果として愛の実を結ばなければ、神様の前では「無益な議論」となってしまうからです。
ですから、私たちクリスチャンは、何事においても「愛の実」が結ぶことを目標としながら、イエス様の福音を「そのまま受け入れる」ことが神様のみこころだということを知らなくてはならないのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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