デイリーディボーション 5月1日(火)

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デイリーディボーション 5月1日(火)

2018年5月1日(火)

【通読】
ローマ人への手紙 14:1-2
1あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。2何でも食べてよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜よりほかには食べません。3食べる人は食べない人を侮ってはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったからです。

【ポイント】
①弱さを受け入れ、成長を見守る
今日の箇所に記されている問題のポイントについては1コリント10章などから詳しく知ることができます。

「24だれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい。25市場に売っている肉は、良心の問題として調べ上げることはしないで、どれでも食べなさい。26地とそれに満ちているものは、主のものだからです。27もし、あなたがたが信仰のない者に招待されて、行きたいと思うときは、良心の問題として調べ上げることはしないで、自分の前に置かれる物はどれでも食べなさい。28しかし、もしだれかが、「これは偶像にささげた肉です」とあなたがたに言うなら、そう知らせた人のために、また良心のために、食べてはいけません。

つまり、唯一であり真の神様を信じる私たちにとって、異教の偶像(神)は何の実態も伴わない作り話でしかありません。ですから、たとえそれが偶像に捧げられた肉であると分かっていても、その行為には全く何の意味もないわけですから、気にせず食べれば良いわけです。

しかし、そのような信仰的な理解が十分にできない人にとっては、偶像に捧げられた肉を食べることに大きな抵抗を覚えたことでしょう。パウロは、そのような人々を「信仰の弱い人」と呼び、信仰の弱い初心者に上級者の当然を押し付けてはならない、上級者の基準からさばいてはならないと命令しているのです。

例えばスキー教室で考えてみましょう。初心者をいきなり上級者コースに入れ、急斜面を滑らせるような事はしません。また、初心者が急斜面を滑ることができないという理由で怒られることもありません。初心者は初心者として扱われ、適切な技術が身についたことを確認してから中級、上級へと進んでいくのです。

信仰の歩みの同じです。クリスチャンになったばっかりの人、クリスチャン歴は長くてもしっかりと学びや教会生活をしてこなかった人に、多くを要求してはいけないのです。教会の中には、イエス様に対する愛、コミットメントの度合いが違う人が混在しているのが現実です。ですから、私たちは互いの歩みを知りながら、信仰の弱い人を受け入れ、深い配慮をもって導いていくことが求められるのです。

信仰の一致とは、成長の度合いの一致ではありません。私たちが一致できるのは、私たちが恵みによって救われ、罪を赦された者という一点においてなのです。信仰の度合いの一致を求め始めると、肉の力で頑張っている人はモチベーションが上がるかもしれませんが、その行き着く先は「さばきあい」なのです。イエス様が罪を赦され、教会につながることを許された人を、私たちがさばいてはならないのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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