デイリーディボーション 5月20日(月)

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デイリーディボーション 5月20日(月)

2019年5月20日(月)
マルコによる福音書 6:53-56 53 彼らは湖を渡って、ゲネサレの地に着き、舟をつないだ。54そして、彼らが舟から上がると、人々はすぐにイエスだと気がついて、55そのあたりをくまなく走り回り、イエスがおられると聞いた場所へ、病人を床に載せて運んで来た。56イエスが入って行かれると、村でも町でも部落でも、人々は病人たちを広場に寝かせ、そして、せめて、イエスの着物の端にでもさわらせてくださるようにと願った。そして、さわった人々はみな、いやされた。
【ポイント】 ①イエス様の御心と人々のニーズの違いを知る イエス様はご自分が神の独り子であることを証明するためには、過去の偉大な預言者たち(モーセ、エリヤ)などよりも偉大なものであることを証明する必要がありました。例えば、モーセの時代に神様はマナを与えられたましたが、それはモーセが与えたものではなく、神様が与えられたものでした。ですから、5千人の給食は、イエス様ご自身が人々に食物を与えられたことから、イエス様がモーセよりも遥かに偉大なものであることの証明となりました。さらに、列王記第一17章にも、エリヤが未亡人の家の「一握りの小麦粉と少しの油」を増やし、未亡人とその息子を養われたという出来事が記されています。少量の食物を増やし、人々の空腹を満たすという点で「一握りの小麦粉と少しの油」と「五つのパン二匹の魚」が大変良く似た出来事であることが分かります。しかし、イエス様の5千人の給食のほうがはるかにスケールが大きいことが分かります。旧約聖書をしっかりと学んでいれば、イエス様の奇跡は決して「場当たり的」ではなく、モーセ、エリヤよりも優れたものであることの証明のために計画的に行われていたことが分かるのです(マルコ5章の会堂管理者の娘のよみがえりも、列王記第一17章17節以降のエリヤの未亡人の息子のよみがえりと大変良く似ていますね。)。
このように、イエス様は着実に、ご自分が旧約の預言者よりもはるかに優れたものであることを。ご自分の御業によって証明し続けているわけですが、人々はそのことよりも、自分たちの病気がいやされることに興味関心が向いてしまうのです。「イエス様が本当に伝えようとしていること」と「人々が求めていること」には大きなギャップがあるのです。この傾向は現代も変わることがありませんね。
ライフチャーチ 大谷信道


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