デイリーディボーション 5月3日(木)

誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 5月3日(木)

2018年5月3日(木)

※送信し忘れていました。ごめんなさい。

【通読】
ローマ人への手紙 14:7-11
7私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。8もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。9キリストは、死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主となるために、死んで、また生きられたのです。10それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。11次のように書かれているからです。「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。」

【ポイント】
①「主のために」を大切にする
7、8節だけ見ると「生き」「死ぬ」という生死に関わる命令のように思えます。しかし、ここでの最大のポイントは「自分の兄弟をさばいてはならない」というものです。7節以前の文脈を覚えているでしょうか。

ローマの教会の中には、ユダヤ教的な食生活から離れることができない人、が含まれていました。しかし、パウロはそのような人をさばいてはならないと教えていましたね。その理由は、偶像に供えられた肉を食べる人も、食べない人も、その判断の根拠は「主のため」に行っているという共通点があることです。つまり、イエス様の教えに従いきれていない人がいたとしても、その人がイエス様のために生きていることが明らかであれば、さばくことをせず、その成長を暖かく見守る必要があるということです。

もちろん、教会の中でイエス様のみことばと違っていることを知りながら、その間違った教えを積極的に教えるような人がいたとすれば、そのような人を放置しておくことがあってはなりません。しかし、皆がキリストを愛し、キリストに従いたいと思っているのであれば、「主のため」という一点において一致を保つことが可能だということです。

ライフチャーチ
大谷信道


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