デイリーディボーション 5月4日(金)

誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 5月4日(金)

2018年5月4日(金)

【通読】
ローマ人への手紙 14:12-15
12こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。13ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。いや、それ以上に、兄弟にとって妨げになるもの、つまずきになるものを置かないように決心しなさい。14主イエスにあって、私が知り、また確信していることは、それ自体で汚れているものは何一つないということです。ただ、これは汚れていると認める人にとっては、それは汚れたものなのです。15もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。

【ポイント】
①使徒パウロのスタンスを共有しよう!
今日の箇所に記されているパウロの結論は極めて重要です。14節の前半でパウロは様々な食物について「主イエスにあって、私が知り、また確信していることは、それ自体で汚れているものは何一つないということです。」と結論付けています。ここで重要なポイントは、この結論はパウロの個人的な判断ではなく、イエス・キリストからの直接的な教えであるということです。ですから、偶像にささげれた肉を食べることに抵抗を覚える人がいたとしても、イエス様の真理を曲げることはしてはならないのです。

一方、パウロは14節の後半で「ただ、これは汚れていると認める人にとっては、それは汚れたものなのです。」と読者に別の視点を与えています。「偶像にささげられた肉を食べることは罪である。」と信じ込んでしまっているが偶像にささげられた肉を食べたとすれば、それは罪であると知りながら罪を犯すことになってしまいます。頭ではすべての食物は清いものであると分かっていても、自分では悪いことをしている、神様の前に罪を犯しているという意識に悩まされてしまうのです。それは、その人の信仰のつまずきとなってしまう可能性があるわけです。

ですから、私たちにとって重要なことは、教会では常にイエス様の教え、戒めを確認しながら、その教えに従いきれない人に十分な配慮を持ち続けるということです。つまり、主を愛し、主のために生きている人を、細かな点について従いきれていないという理由でさばくようなことしてはならないということです。大切なのは、イエス様の御心、戒めを明確にしつつ、「主のため」で一致し続けることなのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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