デイリーディボーション 6月14日(木)

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デイリーディボーション 6月14日(木)

2018年6月14日(木)

コリント人への手紙 第一 2:10-12
13この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。14生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。15御霊を受けている人は、すべてのことをわきまえますが、自分はだれによってもわきまえられません。16いったい、「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。」ところが、私たちには、キリストの心があるのです。

【ポイント】
①「霊」VS「肉」その2
パウロの取り扱っているコリントの教会の問題はこうでした。「11実はあなたがたのことをクロエの家の者から知らされました。兄弟たち。あなたがたの間には争いがあるそうで、12あなたがたはめいめいに、『私はパウロにつく』『私はアポロに』『私はケパに』『私はキリストにつく』と言っているということです。」

今日のポイントも昨日と同じです。恐らく、この世の「政治家」「軍事的指導者」は人々からの人気を得るために、あたかも知恵に満ちた者のように、雄弁に力強く演説をしたり、ディベートを行ったりしたのでしょう。人々は、彼らのプレゼンテーション能力などによって、誰の支持者(ファン)になるのかを決めていたのでしょう。しかし、パウロはそのようなこの世的に、肉的な評価の方法を伝道者、教会の指導者に当てはめてはならないと教えているのです。ですから、そのような人気投票に用いられるこの世的、肉的な判断基準を捨てて、聖霊の導きの中で神様の御心を求めることが重要なのです。

日本では、国会議員などの選挙の際に、立候補者の演説やプレゼンテーションの能力、または、他の候補者とのディベート(論戦)で相手を論破する能力の有無によって誰に投票するのかを決める文化はほとんどありません。一方、アメリカなどの大統領選挙では、これらの能力の有無が重要視されているという印象を受けますね。

ですから、コリントの教会でも、伝道者、指導者たちをこの世的な判断基準から順位付けをし、自分のお気に入りの伝道者、指導者を決めるというような行為が横行していたのでしょう。

それでは、この世的な判断基準ではなく、聖霊の導き、神様の御心に従い、指導者の人気投票を行えば良いのでしょうか。決してそうではありません。もし、私たちが本当に聖霊の導きに従っていれば人気投票的な行為自体が愚かなものであるという判断を行うことができるのです。

聖霊の導きの中にない人は、自分にとってのヒーロやアイドルを求めてしまうことがあるのでしょう。しかし、私たちが本当に聖霊の導きの中にあるのならば、「10
さて、兄弟たち。私は、私たちの主イエス・キリストの御名によって、あなたがたにお願いします。どうか、みなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。 」(1:10)というパウロの教えに熱心に取り組む者とされるのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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