デイリーディボーション 6月7日(木)

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デイリーディボーション 6月7日(木)

2018年6月7日(木)

コリント人への手紙 第一 1:17-19
17キリストが私をお遣わしになったのは、バプテスマを授けさせるためではなく、福音を宣べ伝えさせるためです。それも、キリストの十字架がむなしくならないために、ことばの知恵によってはならないのです。18十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。19それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしくする。」

【ポイント】
①「この世の常識」VS 「福音」
これまでの「分派」、リーダーに対する「偶像」というテーマから急に別の話題が始まったかのような印象を受けますが、決してそうではありません。恐らく、パウロの頭の中には「この世の常識」と「福音」が対照的に映っているのだと思います。パウロの時代も、この世においては権力のある者、富を有する者を崇めたり、従っていくことが成功のための「常識」であったのだと思われます。ですから、この世的な観点からすれば、コリントの教会のメンバーが自分にとって最高の指導者に従っていこうとするのは常識的で、知恵のある行動なわけです。ですから、パウロがリーダーシップを発揮し、クリスチャンからの尊敬を獲得し、自分に従う人々を増やし、自分のグループを大きくして行ったとしたら、この世の人々から成功者、知恵者、力ある者として称賛をうけたことでしょう。

しかし、パウロはこの世の為政者や政治家が用いている人気獲得のための方法を用いることを拒否しているのです。パウロが率先してバプテスマを授けていけば、「私は、あの使徒パウロにバプテスマを授けて頂いたのだ!パウロ万歳!」というような現象を誘発してしまうことを知っていたのです。ですから、パウロは人々からすれば愚かと思えるような地道な方法で福音宣教のはたらきを続けていたのです。

さらに、福音の内容も、この世で成功を望んでいる人、この世で支配者となりたいと思っている人にとっては、例えば「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。25いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。」(マタイ16-24-25)というイエス様の招きも、愚かな教え以外の何ものでもなかったことでしょう。

ですから、パウロはコリントの教会のメンバーに対し、この世の知恵に倣うような生き方を捨て、ヒーローやアイドルに従うのではなく、救い主イエス・キリストのみに繋がることを勧めているのです。その教えは、現代に生きる私たちにもそのまま向けられているのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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