デイリーディボーション 7月14日(火)

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デイリーディボーション 7月14日(火)

2020年7月14日(火)
へブル人への手紙 4:5-6 5そして、ここでは、「決して彼らをわたしの安息に入らせない」と言われたのです。6こういうわけで、その安息に入る人々がまだ残っており、前に福音を説き聞かされた人々は、不従順のゆえに入れなかったのですから、7神は再びある日を「きょう」と定めて、長い年月の後に、前に言われたと同じように、ダビデを通して、「きょう、もし御声を聞くならば、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。」と語られたのです。
【ポイント】 ①福音は変わらない 今日の個所を見ると、ヘブル書の著者が聖霊の語りかけとして受けた詩篇95:7-8の個所の意味がよく分かります。詩篇95編に記されているのは、民数記14章の出来事であることが分かります。しかし、ヘブル書の著者は、民数記の出来事をダビデ(詩編95編の著者)が彼の時代に適用し、「きょう、もし御声を聞くならば、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。」と語っているのであれば、神様の安息はモーセの時代に締め切られたのではなく、今も福音に耳を傾け、神様を信頼し人生を委ねる者には、神様の安息が開かれているという説明しているのです。
しかし、これは同時に、神様の安息が開かれている現代であったとしても、イエス・キリストの福音に耳を傾けない者、心をかたくなにし神様の愛を受け入れない者は、神様の安息にあずかることができないことを意味しています。
ここで、私たちが気が付くことは、旧約の時代、新約の時代、現代で、神様の福音は全く変わることがないということです。つまり、イエス・キリストによるまことの神についての完全な啓示が与えられていない旧約の時代であっても、その時代に与えられている啓示(預言)を信じ、まことの神を信頼し、神を愛する者のために、神様は安息を与えてくださっていたということです。
神様が本当に求められているのは、私たちが神様の愛を知り、神様を愛し、神様を信頼し、神様に従うことなのです。この関係は、羊飼いと羊に似ていると聖書では教えられているのです。羊飼いを信頼し、羊飼いに従い、羊飼いから離れない羊には、全き安心が与えられているのです。羊飼いを信頼せず、その声に従わず、羊飼いから離れている羊は、野生の動物の餌食になってしまうのです。
詩篇23篇 1主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。2主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。3主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。4たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。5私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。6まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。
ここにも「福音」がはっきりと記されているのです。旧約時代でも、この簡単でシンプルな神様との関係を信じた者は、その信仰によって安息へと導き入れられているのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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