デイリーディボーション 7月25日(土)

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デイリーディボーション 7月25日(土)

2020年7月25日(土)
へブル人への手紙 5:13-14 13まだ乳ばかり飲んでいるような者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。14しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。
【ポイント】 ①良い物と悪いものを見分ける 今日の個所から、私たちは信仰の歩みの中で常に「良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練される」ことを神様から求められていることが分かります。それでは、「祈り」「礼拝」を例にして考えてみましょう。福音書には「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」(マタイ18:20)、「また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)というイエス様の約束が記されています。
私たちの礼拝や祈りは、これらのイエス様の約束をベースにしたものになっているでしょうか。つまり、私たちが祈るときに、礼拝や賛美をささげる時に、イエス様は、私たちの一番近いところにいてくださって、リアルタイムで私たちの祈りや賛美を聞いてくださっているという霊的な事実(真理)を信じて行っているのかを考えるのです。そのことによって、極めて簡単に私たちの祈りや礼拝が良い物であるのか、悪い物であるのかを見分けることができるはずなのです。
あなたはどこを見て礼拝していますか。宇宙のかなたでしょうか。空でしょうか。どこか別の空間、次元でしょうか。イエス様は一番近いところだと教えられていますね。「灯台下暗し」のように、見当違いなところに、イエス様の臨在を感じようとしてはいないでしょうか。あるクリスチャンのグループの間違った臨在のイメージを元にして作られた、礼拝の姿勢、立ち振る舞いがを「本式」などと思い込み、真似をしようとしていることはありませんか?
イエス様は、宗教的(肉的)で空しい祈り方をやめるように、具体的な警告を与えられています。「5また、祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません。彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。6あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。7また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。8だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。」(マタイ6:5-8)
「イエス様がここにおられる」という信仰の基礎の基礎が理解されてい現実、その約束が信じられていない現実を直視しましょう。そして、神様が望まれる「良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たち」を目指そうではありませんか。
ライフチャーチ 大谷信道


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