デイリーディボーション 7月9日(月)

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デイリーディボーション 7月9日(月)

2018年7月9日(月)

コリント人への手紙 第一 6:12-13
12すべてのことが私には許されたことです。しかし、すべてが益になるわけではありません。私にはすべてのことが許されています。しかし、私はどんなことにも支配されはしません。13食物は腹のためにあり、腹は食物のためにあります。ところが神は、そのどちらをも滅ぼされます。からだは不品行のためにあるのではなく、主のためであり、主はからだのためです。

【ポイント】
①すべては「主のため」
私たちクリスチャンは、神様がイスラエルの民に与えられた律法の縛りの中にありません。繰り返し学んでいる箇所ですがマタイ22章37-40節を見てみましょう。「37そこで、イエスは彼に言われた。『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』38これがたいせつな第一の戒めです。39『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。40律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」実は、イスラエルの民に与えられている律法でさえも、人々を戒律によって縛りつけるためのものではなく、神様を愛すること、隣人を愛することを教えるためのものであったことが分かります。

つまり、私たちクリスチャンは、神様を愛することになるのであれば、すべてが自由であるということです。しかし、それは好き勝手、自分勝手な生き方ではなく、すべてが許されている中で、私たちが自らの意思で神様が喜ばれる生き方を選択できるという自由なのです。この生き方には神様の愛を十分に味わい、その愛に応えて行きていきたいという思いに導かれる必要があるのです。しかし、この生き方の中にこそ本当の自由と平安があるのです。

ライフチャーチ
大谷信道

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大谷信道


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