デイリーディボーション 8月30日(木)

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デイリーディボーション 8月30日(木)

2018年8月30日(木)

コリント人への手紙 第一 13:4-7
4愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。5礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、6不正を喜ばずに真理を喜びます。7すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

【ポイント】
①この「愛」をどこで働かせるのか?
コリント教会のクリスチャンはイエス様の福音をきちんと聞いていたはずです。ですから問題はキリストの愛についての知識不足ではなく、愛にして教えられている事柄を実践していないことにあったと推測できます。そもそも、もし教会全体が「キリストの愛を実践していこう!」「キリストの愛を実践するためには何をしたら良いのだろう?」と愛の実践について真剣になっていれば、この手紙に書かれているような問題は起きていなかったのです。

今日のキリスト教界の問題も全く同じです。問題があるとすれば、その原因は聖書の知識、キリストの愛についての知識が欠落していることではなく、すでに教えられているキリストの愛を教会の中で、家庭の中で実践していないことなのではないでしょうか?「愛の定義」について学び、知的好奇心が満たされて満足するような表面的な信仰の歩みは捨ててしまおうではありませんか。自分が家庭、教会においてキリストの愛を実践することに挑戦すること、愛の実が少しずつ結んでいくことに喜びや充実感を覚える歩みに切り替えるのです。

もちろん、愛の実践を完璧に行うことは不可能でしょう。しかし、大切なことは、キリストの命令に従い、うまずたゆまず愛の実践を続けることなのです。そして、今日の箇所から、愛の実践には「がまん」(7節)「信じること」「期待すること」そして、「すべてを耐え忍ぶこと」(8節)が求められることがわかります。残念ながら「忍耐」が好きな人はあまりいません。ですから、自分が取り組むべき歩みを、それほど忍耐を伴わない「イベント」「ミニストリー」「聖書の勉強」などにすり替えてしまう人が多いのです。しかし、どんなに熱心に聖書を勉強しても、どんなに忙しく教会などの働きに専念しても、「愛がないなら、何の値うちもありません。」(2節)ということを知らなくてはなりません。

あなたは、何に一生懸命取り組んでいますか?

ライフチャーチ
大谷信道


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