デイリーディボーション 9月19日(水)

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デイリーディボーション 9月19日(水)

2018年9月19日(水)

コリント人への手紙 14:39-40
39それゆえ、私の兄弟たち。預言することを熱心に求めなさい。異言を話すことも禁じてはいけません。40ただ、すべてのことを適切に、秩序をもって行ないなさい。

【ポイント】
①パウロの指示に従う  ー8ー
今日で14章が終わるわけですが、最後の節にパウロの結論を見ることができます。「40ただ、すべてのことを適切に、秩序をもって行ないなさい。」パウロのこの結論は、14章12節にも見ることができました。「12あなたがたの場合も同様です。あなたがたは御霊の賜物を熱心に求めているのですから、教会の徳を高めるために、それが豊かに与えられるよう、熱心に求めなさい。」

この結論が抜け落ちた中でなされる「賜物」についての教えは、概ね聖書的でないものであると判断することができます。この世にも、大変パワフルですが、その使用目的を間違えると人間に大きな害をもたらすものが多数存在します。例えば「原子力」です。原子力は本当に安全に平和のために活用できれば素晴らしいものなのでしょうが、残念ながらこの極めてパワフルなエネルギーを純粋に平和のためだけに、しかも安全に利用できている国は少ないのです。しかし、原子力そのものに問題があるのではありません。このパワーを「適切に、秩序をもって」利用できない人間に問題があるのです。同じように、御霊もの賜物も大変パワフルなものです。ですから、決して用い方を間違えてはならないのです。

さらに真剣に考える質問は、「すべてご存知の神様が、間違った目的で用いようとしている人に、御霊の賜物を与えることがあるか」というものです。一見すると、御霊も賜物のように見える力も、実は神様からのものではなく肉の力、またはサタンの力によって起きている可能性もあるということを常に考えることが大切です。(1ヨハネ4:1)御霊の賜物を持っていると自認するクリスチャンがたくさん集まっていたとしても、その人たちに愛の一致、一致のためにひたむきに取り組む姿勢がなければ、それは御霊の賜物ではないと判断してよいのです。

ですから、繰り返しになりますが、本当に大切なことは御霊の賜物種類や大きさではなく、その賜物が十分に用いられることによって御霊の実が結ぶことなのです。御霊の働きはその実によって判断できるからです。今日の箇所と合わせ、再度ガラテヤ5章13-26節を読んでみましょう。

ライフチャーチ
大谷信道


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