デイリーディボーション 9月24日(月)

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デイリーディボーション 9月24日(月)

2018年9月24日(月)

コリント人への手紙 15:3-7
8そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現われてくださいました。9私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。10ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。11そういうわけですから、私にせよ、ほかの人たちにせよ、私たちはこのように宣べ伝えているのであり、あなたがたはこのように信じたのです。

【ポイント】
①パウロが受けた福音 ーその4ー
今日の箇所から、パウロは復活のイエス様に会っていなければ、使徒とされることも、イエス・キリストを信じることもなかったであろうことが分かります。つまり、パウロ自身も彼が受けた「3キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、4また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、5また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。」という福音によって救われ、召され、使徒とされたということなのです。先に述べたとおり、復活の主に直接出会ったということが、彼の信仰の決定的なきっかけになっているのです。

それでは、私たちも復活の主に直接出会うことを祈り求めるべきなのでしょうか。決してそうではありません。私たちに必要なのは使徒たちの証言が事実であると信じる信仰です。例えば、私たちがある野菜を食べる度に、その野菜が安全なものであるのか一つ一つ検査することはありません。なぜなら、それらの野菜が安全であることがすでに証明されているからです。つまり、私たちは、過去の人々が食料になりそうな植物に遭遇したときに、その植物が安全性を実験(実体験)によって証明してきた結果を信じているわけです。

同じように、イエス様の復活をその後のすべての人が実体験する必要はないのです。イエス様に直接会った人々の実体験(証し)を信じれば良いのです。先の例のように、私たち人間は日々の生活の中で同じようなことをしているのです。神様は知性を有する方ですから、すでに証明されている事柄について、繰り返し証明し続ける必要がないことをご存知です。ですから、私たちに求められていることは、証明された復活の事実を事実として受け入れること、またその事実が意味している「イエスはキリスト」であることを信じることなのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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