デイリーディボーション 5月20日(土)

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デイリーディボーション 5月20日(土)

2017年5月19日(金)

【通読】
マタイの福音書 5:33-37
33さらにまた、昔の人々に、『偽りの誓いを立ててはならない。あなたの誓ったことを主に果たせ』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。34しかし、わたしはあなたがたに言います。決して誓ってはいけません。すなわち、天をさして誓ってはいけません。そこは神の御座だからです。35地をさして誓ってもいけません。そこは神の足台だからです。エルサレムをさして誓ってもいけません。そこは偉大な王の都だからです。36あなたの頭をさして誓ってもいけません。あなたは、一本の髪の毛すら、白くも黒くもできないからです。37だから、あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい。それ以上のことは悪いことです。

【ポイント】
①大げさな「誓い」の虚しさ知る。
33章と全く同じ文言は旧約聖書の中にないのですが、レビ記19章12節には「あなたがたは、わたしの名によって、偽って誓ってはならない。あなたの神の御名を汚してはならない。わたしは主である。」と記されています。

ここで重要なポイントは、罪人である私たちは、「何かを絶対に行なう(行わない)」というような誓い(絶対的な約束)を立てることが本当に可能なのかということです。答えは「いいえ」です。残念ながら、真剣に何かを誓い、その誓いを全うしたいと心から願ったとしても、罪の性質のために不完全な私たちは、その誓いを100%実現することはできないのです。もちろん、誓いを立てるほど真剣に何かを成し遂げようという思いは尊いものです。しかし、私たち人間に「絶対」はないのです。

イエス様は、人間の罪の性質をよくご存知でしたから、当時の人々が習慣として行っていた「天をさして」、「地をさして」、「エルサレムをさして」、「頭をさして」誓いを立てるというような、大げさな誓いの行為が空しいものであることを知っておられたのです。(日本でも「天地神明に誓って」というような表現を用いる人がいますね。)

②神様の前では「はい」か「いいえ」で良い
私たちは大げさな誓いによって神様を欺くことはできません。すべてをご存知の神様の前では誇張した表現も、美辞麗句も何の役にも立たないのです。例えば、「あなたは私に従うのか?」という招きを受けたとすれば、その返事は「はい」か「いいえ」で十分だということです。

ライフチャーチ
大谷信道


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