デイリーディボーション 7月22日(土)

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デイリーディボーション 7月22日(土)

2017年7月22日(土)

【通読】
マタイの福音書 13:1-23
1その日、イエスは家を出て、湖のほとりにすわっておられた。2すると、大ぜいの群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に移って腰をおろされた。それで群衆はみな浜に立っていた。3イエスは多くのことを、彼らにたとえで話して聞かされた。「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。4蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると鳥が来て食べてしまった。5また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。6しかし、日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。7また、別の種はいばらの中に落ちたが、いばらが伸びて、ふさいでしまった。8別の種は良い地に落ちて、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結んだ。10すると、弟子たちが近寄って来て、イエスに言った。「なぜ、彼らにたとえでお話しになったのですか。」11イエスは答えて言われた。「あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていません。12というのは、持っている者はさらに与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうからです。13わたしが彼らにたとえで話すのは、彼らは見てはいるが見ず、聞いてはいるが聞かず、また、悟ることもしないからです。14こうしてイザヤの告げた預言が彼らの上に実現したのです。『あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。15この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って立ち返り、わたしにいやされることのないためである。』16しかし、あなたがたの目は見ているから幸いです。また、あなたがたの耳は聞いているから幸いです。17まことに、あなたがたに告げます。多くの預言者や義人たちが、あなたがたの見ているものを見たいと、切に願ったのに見られず、あなたがたの聞いていることを聞きたいと、切に願ったのに聞けなかったのです。

【ポイント】
①蒔いた種を刈り取るのはあなた
あなたは、今日の自分のみことばの聞き方が、自分の将来受け取るべき報酬(祝福)を大きく左右するものであるという現実を正しく把握しているでしょうか。それとも、「イエス様を信じているので、天国には入れるし、それで十分」などと、高をくくっていることはないでしょうか。しかし、そのような態度が、「耳のあるものは聞きなさい。」と言われているイエス様を愛することになっているのかを考えなければなりません。

私は、学生時代(独身時代も)、日曜日の礼拝説教中によく居眠りをしていました。しかし、そのような態度が、説教者にではなく、その場にいてくださる神様に対して大変失礼であることに気が付かされ、意識的に態度をあらためるという経験をしました。その後、様々な学びを通して、聖書が本当に神様のことばであると確信が与えられてからは、単に説教中に居眠りをしないように気をつけるだけでなく、積極的にみことばを求め、真剣に聴きくことを大切にするようになりました。「みことばを聞く」という行為は、単に「聞く」という受動的な行為ではなく、「聴いて応える」という能動的な行為であることを知るようになったのです。さらに、それまでの「今日の説教は良かった(いまいちだった)」などという自分の問題を棚に上げた態度から、自分の罪深さ、問題点、課題などに自らメスを入れる態度へと変えられました。このような経験が、自分自身の成長の分岐点であったと強く感じています。ですから、「耳のあるものは聞きなさい。」というイエス様の呼びかけに応えることが、あなたの信仰の歩みにとって極めて重要なものであることを覚えておきましょう。

ライフチャーチ
大谷信道


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