デイリーディボーション 9月19日(火)

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デイリーディボーション 9月19日(火)

2023年9月16日(金)
【今日のみことば】 コリント人への手紙第一 1:30-31 30しかしあなたがたは、神によってキリスト・イエスのうちにあるのです。キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとになられました。31まさしく、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。
①信仰の出発地点を「主を誇ること」に修正する イエス様を信じクリスチャンとして歩んでいる人のほとんどが、信仰の出発地点は「自分の救い」「自分の祝福・幸せ」だと思います。キリスト教以外の宗教を持っている人のほとんども、信仰に入る理由や目的は「自分のため」だと想像します。自分を助けてもらうために神的な存在にすがるという行為は、ごく自然で、非常に人間的なものなのです。
神様は、そのような入り口から出発した私たちを拒絶することなく、迎え入れてくださるのですが、聖書は私たちが自分の祝福のために神様を信じることが信仰のすべてだとは教えていません。さらに、聖書は、まことの神様が多くの捧げものをしたり、宗教的な研鑽を積む者により多くの祝福を与えるとも教えていません。そのような間違った感覚は、「努力をした者だけが報いを受けることができる」というこの世の価値観から来ているもので、イエス様が明らかにされた神様の愛と恵みと相反するものなのです。神様は、聖書のみことばを通して、自分の祝福のために神様を信じるようになった私たちを、健全な信仰へと導いてくださるのです。
ところが、現代の教会を見ると、「自分の救い」「自分の祝福・幸せ」のために神様を信じたり、聖書の勉強や弟子訓練を受けたり、奉仕を頑張っている人が非常に多いのです。なぜなら、信仰の出発地点が「自分の祝福」のままになっているクリスチャンが多いからです。その原因を作っているのは牧師や宣教師です。神様のためにより多く仕えた者がより多くの祝福を受けることができるという、この世的な競争の原理を利用すると、大きな教会の牧師になるという自分の夢を実現しやすくなるからです。さらに、「教会が大きくなること=神様の祝福」という大義名分を用いながら、牧師としての成功を夢見ているケースが少なくないのです。
このようにして考えると、「神様のため」と言いながら、実際には「自分を誇ること」という肉的な欲求に動かされていながら、信仰の歩みを続けてしまっている問題がいつの時代のクリスチャンにもいることが分かるのです。ですから、私たちクリスチャンは「自分を誇ること」から「主を誇ること」へと、自分の原動力(目的)を軌道修正することが必ず必要になるのです。このような軌道修正こそが、クリスチャンとしての本当の意味での成長だということもできるでしょう。
軌道修正のために何が必要なのかを2章以降で学んでいきましょう!
ライフチャーチ 大谷 信道


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