デイリーディボーション 1月18日(金)

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デイリーディボーション 1月18日(金)

2019年1月18日(金)
コリント人への手紙 第2 11:31-33 31主イエス・キリストの父なる神、永遠にほめたたえられる方は、私が偽りを言っていないのをご存じです。32ダマスコではアレタ王の代官が、私を捕らえようとしてダマスコの町を監視しました。33そのとき私は、城壁の窓からかごでつり降ろされ、彼の手をのがれました。
【ポイント】 ①パウロの証しは、福音の真実さの証し コリント教会の中の一部の人は、パウロの使徒職に疑問を持ち、パウロの使徒としての権威を否定しようと企んでいたと思われます。パウロは、その疑義を払拭するために、説明を続けています。
しかし、この出来事は現代の私たちにとっても極めて重要な意味を持ちます。なぜなら、もしパウロの使徒職を疑う人たちがいなければ、私たちはパウロの召し、パウロの証しを聞くチャンスを失っていたことになります。私たちはパウロの手紙を聖書として読んでいます。それは、彼の手紙が「神のことば」であると信じていることを意味しています。しかし、それはパウロの手紙が「聖書」と記されている本に含まれているから、自動的に神のことばとして信じるべきだという意味ではありません。パウロという人間の生き様、手紙の内容などを精査した結果として、手紙が神のことばとしての権威を有しているという結論に達し、新約聖書に加えられたのです。つまり、パウロの使徒職に対して様々な疑いが投げかけられ、それにパウロが真摯に応えたことは、私たちはパウロの使徒としての権威、パウロの手紙の神のことばとしての権威を信じることができる根拠になっているのです。
さらに言えば、コリント教会のような問題だらけの教会が存在したからこそ、パウロはキリストのからだである教会のあるべき姿を極めて明確に説明し、現代のクリスチャンも教会についての神様の御心を知ることができるのです。反対に、パウロの時代のすべての教会が理想的な歩みをしていたとしたら、パウロは手紙を書いていなかったかもしれないのです。不思議なことに、パウロが経験したすべての課題、問題が、その後の教会の礎となっているのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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