デイリーディボーション 1月31日(金)

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デイリーディボーション 1月31日(金)

2020年1月31日(金)
テサロニケ人への手紙 第一  5:12-15 12兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。13その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。14兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。15だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行なうよう務めなさい。
【ポイント】 ①再臨に備える具体的な方法 その2 今日の個所に記されているパウロの教えは、単なる倫理的な教えではなく「再臨に備える具体的な生き方」についての教えです。テサロニケ教会の中に再臨について間違った教えをする者、その間違った教えの影響を受けてしまった人たちがいるという背景(文脈)を忘れてはなりません。
結局のところ、その問題が何であったとしても大切なことは、イエス・キリストの福音を信じ、イエス・キリストのみことばに忠実に従うことです。それは、別の言い方をすれば、イエス・キリストを愛すること、そしてイエス様の戒めの通り、隣人を愛することです。ライフチャーチでは繰り返し学んでいることですが、垂直方向の主への愛、水平方向の隣人愛の実践の交差点が、本当の意味での「教会」「キリストのからだ」なのです。どちらが抜けても、キリストの御心である教会は実現しないのです。
どんなに宗教熱心な人が集まったとしても、どんなに多くの人が集まったとしても、一人ひとりが自分の霊的成長、自分の救い、自分の祝福しか考えていなければ、それは「キリストのからだ」としての教会にはならないのです。どれほど、多くの人が相互愛を実践し、魅力的なコミュニティーが実現していたとしても、イエス・キリストのみことばに忠実でなければ、それは「キリストのからだ」ではないのです。
私たちは、自分の信仰の歩み、自分の教会の歩みにおいて、マタイ22章36-40節に記されているイエス様の「神への愛」「隣人愛」という二つの命令がバランスよく実践されているのかを常に確認する必要があります。そして、その歩みこそが、再臨(主とお会いする時)への最善の備えとなるのです。
ライフチャーチ 大谷 信道


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