デイリーディボーション 1月5日(火)

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デイリーディボーション 1月5日(火)

2021年1月5日(火)
ペテロの手紙第一 3:19-20 19その霊において、キリストは捕らわれの霊たちのところに行って、みことばを語られたのです。20昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられたときに、従わなかった霊たちのことです。わずか八人の人々が、この箱舟の中で、水を通って救われたのです。
【ポイント】 ①大切なポイントは神様を愛すること 今日の個所から、人間は死んだあとも救いを受ける「セカンドチャンス」があると説明する人がいるようです。聖書全体を見ると、救いに関して「セカンドチャンス」はあり得ないというのが、一般的な理解だと思います。「死んだ後にセカンドチャンスあるのだから」と、生きている間にキリストの福音を聞きながら信じなかったとしたら、それはイエス様の十字架を空しくするものですし、神様の愛を侮る行為でもあると思います。
しかし、私たちクリスチャンにとって大切なことは、肉体が生きていても、死んでいても聖書に記されている真の神様の愛を受け、神様を愛することです。つまり、地上において、口で「私はキリストを信じます」と告白していたとしても、バプテスマを受けいたとしても、それは必ずしも救いの確証を意味しているわけではないということです。反対に、聖書を読んだことがなくても、福音をきちんと聞いたことがなくても、被造物によって啓示されている神様を知り、その存在を大切にし、隣人を愛し、善を行うことに熱心であれば、神様の目から見る時に、神様を愛していると認められる可能性もあるのです。
ローマ人への手紙 2章14-16節 14――律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行ないをする場合は、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。15彼らはこのようにして、律法の命じる行ないが彼らの心に書かれていることを示しています。彼らの良心もいっしょになってあかしし、また、彼らの思いは互いに責め合ったり、また、弁明し合ったりしています。――16私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行なわれるのです。
ですから、大切なことは、今日の難しい個所の解釈(セカンドチャンスの有無)を議論することではなく、神様を愛し続けることなのです。なぜなら、自分はクリスチャンだと思っていても、神様を愛する歩みをしていなければ、そもそもファーストチャンスすら経験していないことになりかねないからです。神様のさばきは常に正しく、常に公平です。セカンドチャンスがあろうがなかろうが、私たちにとって唯一重要なことは、キリストによって明らかにされた神様の愛を知り、受け取り、神様を愛することなのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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