デイリーディボーション 10月11日(火)

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デイリーディボーション 10月11日(火)

2022年10月11日(火)
ローマ人への手紙 4章16-17節 16そのようなわけで、世界の相続人となることは、信仰によるのです。それは、恵みによるためであり、こうして約束がすべての子孫に、すなわち、律法を持っている人々にだけでなく、アブラハムの信仰にならう人々にも保証されるためなのです。「わたしは、あなたをあらゆる国の人々の父とした」と書いてあるとおりに、アブラハムは私たちすべての者の父なのです。17このことは、彼が信じた神、すなわち死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる方の御前で、そうなのです。
【ポイント】 ①旧約聖書を普通に読んで分かること その3 イエス様の福音を聞いた人の中には「救われるためには、本当に信じるだけでいいの?」という疑問を持つ人が少なくありません。この質問に対する答えは、当然「はい!」なわけですが、私たちクリスチャンはその理由をはっきりと説明できるでしょうか。
繰り返し学んでいますが、イエス様が明らかにされた「信仰・信じること」とは、「天の父とイエス・キリストを愛すること」です。「愛」ということばも「信仰」と同じくらい勘違いされ、簡単に考えられている言葉ですが、誰かを「愛する」とはあなたの人生の中で最も大きな「決断」であり「コミットメント」なのです。ですから、「信仰・信じること」の意味を正しく理解していれば「信じるだけでいいの?」という疑問が頭に浮かぶことはないはずです。例えば、人生における別の愛のコミットメントは結婚だと思いますが、結婚について真剣に考えている人は「結婚って、相手を愛するだけでいいんでしょ。」とか「結婚式で、相手を愛しますかという質問に『はい』と答えるだけでいいんでしょ。」とはならないことでしょう。「信仰・信じること」は、結婚よりも重大な決意とコミットメントが求められることを忘れてはならないのです。「37わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。」(マタイ10:37)
ただ、神様を「信仰・信じること」は、人間同士の結婚と全く異なる点があります。それは、神様は私たちを愛するという約束・コミットメントをすでに持っておられ、御子を十字架にかけることによって、私たちへの愛の大きさを証明され、私たちを招いていらっしゃるという点です。そして、神様はご自分の約束を反故に(キャンセル)されることは絶対にない方なのです。人間の場合は、相手や自分が愛の約束を破ってしまうことがあるわけですが、神様は絶対にそのようなことをされないのです。これを、聖書では「恵み」と呼んでいます。私たちの善行、努力、人間的な魅力によって神様の好意を得るのではなく、神様は私たちのありのままの姿(罪深さ)を知った上で、私たちを永遠に愛されるコミットメントをもっていらっしゃるのです。それが「恵み」なのです。
パウロは、この神様の恵みについては旧約聖書でアブラハムについて読めば(イエス様の福音を聞かなくても)明らかなだと語っているのです。自分たちが神様に選ばれた特別な民族であると信じていたユダヤ人にとっては看過できない発言だったと思いますが、だれでも(ユダヤ人も)普通に聖書を読めば、神様のあらゆる国の人々に対する恵みは明らかなのです。
私たちが「恵み」の中を歩む第一歩は、神様の愛を知り、受け取ることです。そして、私たちの心を本当に満たすことができるのは、神様の完全な愛以外に無いことに気づきましょう。その時に、愛の応答として、私たちは神様を愛したいと思うようになるのです。これが信仰であり、恵みの中を歩むことなのです。
ライフチャーチ 大谷 信道


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