デイリーディボーション 10月22日(金)

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デイリーディボーション 10月22日(金)

2021年10月22日(金)
マタイの福音書 12:3-5 3しかし、イエスは言われた。「ダビデとその連れの者たちが、ひもじかったときに、ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。4神の家に入って、祭司のほかは自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べました。5また、安息日に宮にいる祭司たちは安息日の神聖を冒しても罪にならないということを、律法で読んだことはないのですか。
【ポイント】 ①イエス様は「律法」を破られない。 ここでのポイントはイエス様の弟子たちが安息日に畑で麦の穂を摘んで食べたことが、律法で禁じられている「盗むこと(出エジプト20:15)」「安息日に働くこと(出エジプト20:8-11、出エジプト31:15)」に当たるのか否かと言うことです。もちろん、イエス様は弟子たちの行為が律法を犯すことにはならない確信があるからこそ、弟子たちが麦の穂を食べることを許されたのですが、パリサイ人たちは、律法違反であると訴えたのです。
まず、最初の「盗むこと」についてですが、律法(申命記23章25節)にはこのようにあります。「25隣人の麦畑の中に入ったとき、あなたは穂を手で摘んでもよい。しかし、隣人の麦畑でかまを使ってはならない。」非常に寛大で、貧しい者へのあわれみが表れている律法ですね。イエス様の時代の人々の習慣がどうであったかは分かりませんが、律法では弟子たちが人の畑の麦の穂を摘んで食べることは許可されていた行為でした。
次に、弟子たちの行為が安息日に禁じられている「仕事」に当たるか否かです。安息日の禁止事項については、聖書にはほとんど記述がありません。民数記15章には、たきぎを集めている男性に対し、神様が安息日の律法を破ったと判断されている箇所があります。出エジプト記35章3節には「安息の日には、あなたがたのどの住まいのどこででも、火をたいてはならない。」とありますから、火をたくためにたきぎを集めていたのであれば、明らかに律法を破ったことになりますし、自分の使うのではないのにたきぎを集めていたのであれば、誰かに売るためのものを集めていたこと、つまり仕事をしていたことになりますね。しかし、弟子たちは麦を売るための収穫していたのではなく、空腹しのぎのために食べただけですから、聖書に明記されている安息日の律法を犯したことにはなりません。
さらに、イエス様はサムエル記21章1-6節の出来事を引用し、当時のパリサイ人や律法学者が共有していた「律法解釈(言い伝え)」からすると、律法に反するようなことをダビデが行っていたと指摘しています。
このように、イエス様も弟子たちも、聖書に記されている律法を犯していないことは明らかなのです。そして、パリサイ人や律法学者が「聖書」ではなく、ユダヤ教の歴史の中で共有されてきた「律法解釈」に聖書同等の権威を認め、結果として聖書、そして神様の本来の御心から離れてしまっている状態にあったこともよく分かりますね。
キリスト教も全く他人事ではありませんね。
ライフチャーチ 大谷信道


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