デイリーディボーション 10月30日(火)

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デイリーディボーション 10月30日(火)

2018年10月30日(火)

コリント人への手紙第2 3:1-3
1私たちはまたもや自分を推薦しようとしているのでしょうか。それとも、ある人々のように、あなたがたにあてた推薦状とか、あなたがたの推薦状とかが、私たちに必要なのでしょうか。2私たちの推薦状はあなたがたです。それは私たちの心にしるされていて、すべての人に知られ、また読まれているのです。3あなたがたが私たちの奉仕によるキリストの手紙であり、墨によってではなく、生ける神の御霊によって書かれ、石の板にではなく、人の心の板に書かれたものであることが明らかだからです。

【ポイント】
①「神の御霊」について深く考える
パウロは、パウロに対して反発する人たち、イエス様の直接の弟子でなかったパウロの使徒としての資格を疑う人たちに対して、自分が間違いなくキリストの使徒であることを証明しようとしています。

そこで、パウロの働きが人間的なもの(自己推薦、人からの推薦)によるものではなく、神様の御霊によるものであることを説明しようと試みています。それでは、パウロが言う通り、彼の働きが「神の御霊」によるものであるという証拠は何なのでしょうか。

ここで大きな勘違いをしてしまうクリスチャンが多いのです。聖霊に満たされた特別な状態を体験することができれば、自分の歩みが「神の御霊」によるものだと思いこんでしまうのです。ですから、本当の意味で聖霊に満たされることではなく、いわゆる「恍惚状態」「トランス状態」または「異言」などが聖霊に満たされたしるしだと思い込み、それが起きること望んでしまうのです。

しかし、そのような信仰姿勢を夫婦関係に例えるのであれば、夫婦同士の人格的な愛の交わりではなく、性的な営みでのエクスタシーだけに夫婦の愛の絆を感じているようなものです。夫婦が長く互いの関係を築いていくためには、互いに受け入れ合い、尊敬したい、労り合うという、現実的、人格的な愛のによる関わりを続けていくことのほうが重要であることは誰でもが理解できることでしょう。

パウロにとっては、自分がキリストの使徒として「神の御霊」によって歩んでいる証拠は、コリント教会の人々が神様との現実的で人格的な関わりの中で、その生き方が変えられ、キリストの愛の戒めの中に歩んでいることなのです。残念ながら、依然としてパウロに反発し、問題を引き起こしている人々もいるわけですが、多くのクリスチャンが「御霊の実」(ガラテヤ5章)を結んでいる事実が、パウロの推薦状であり、パウロが使徒である証拠なのです。

ライフチャーチ
大谷信道


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