デイリーディボーション 12月1日(火)

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デイリーディボーション 12月1日(火)

2020年12月1日(火)
ペテロの手紙 1:3-4 3私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。4また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。
【ポイント】 ①恵みとは? 私たちが自分の努力(律法の行ない)ではなく、神様のあわれみによって与えられた救い主イエス・キリストを信じる信仰によって救われることを「恵み」と言います(参・ローマ3:23-24、エペソ2:8)。
ただ、気を付けなければならないことが一つあります。それは「恵み&信仰」とは、救いの方法(義とされる方法)を説明している言葉ではないということです。律法の行ないによって人が神様の義(救い)をいただくことが出来なかった理由は「律法の行ない」自体が悪い行為であったからではありません。決定的な理由は、神様との愛の関係が欠落していたことです。聖書を読むときに、また今日の個所のようなイエス・キリストの福音を聞くときに、私たちは、私たちに対する神様の愛(あわれみ)を知り、神様を愛する者へと変えられていくはずであり、神様は私たちと愛の関係を持つことを期待されているのです。ここで、自分が救われること、自分の罪が赦されること、自分が天国に行くことなど、自分が受けることが出来る祝福(利益)ばかりに目が行き、イエス様の十字架に表されている神様の「愛」と「あわれみ」を受け取ることが出来なければ、「恵み&信仰」は「律法の行ない」と同じような、単なる救いを得るための手段で終わってしまうのです。
純粋に救いを求めている人はたくさんいます。しかし、残念ながら、すべての人が、神様の愛、あわれみ、恵に触れ、神様を心から愛する者として生きる決意をするわけではないようです。「欲しいものが手に入ったら満足」と言うような神様の思いとは違う信仰姿勢に陥ってしまっている人はいないでしょうか。今日の個所を読むときも、意識的に「ああ、私はそんなに神様に愛されているのだ!」と、神様の愛とあわれみにどっぷり浸ってみましょう!
ライフチャーチ 大谷信道


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