デイリーディボーション 12月25日(金)

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デイリーディボーション 12月25日(金)

2020年12月25日(金)
ペテロの手紙第一 2:18-20 18しもべたちよ。尊敬の心を込めて主人に服従しなさい。善良で優しい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従いなさい。19人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。20罪を犯したために打ちたたかれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。
【ポイント】 ①神様からの誉を求める 神様の前で正しいこと(善)を選び取ることに困難を覚える人が多いと思います。宗教や信仰とは関係なく、自分の良心に照らし合わせて正しい行いをしようとする人も同じように大変さを覚えるものです。
しかし、私たちクリスチャンは、自分のためでも、他の人のためでもなく、神様のために善を行います。ここに大きな違いがあるのです。私たちを動かしているのは神様の愛です。自分を愛してくださっている神様への愛の応答として善を行い、神様に喜んでもらうことを自分自身の喜びとするのです。他人からの賞賛、自己満足のためではなく、神様に褒めていただくことが私たちの原動力なのです。
罪の性質を持っている私たちは、善を行ったとしても他者からの賞賛(承認)を求めてしまうことがあります。そして、それがあれば喜びを感じ、なければ残念な気持ちになったりするのです。しかし、私たちは「誰一人に気づかれなくても、神様に喜んでもらっている」という確信(信仰)を持つことができるのでです。これは、私たちクリスチャンが普段の生活の中で実感することができる「自由」なのです。人の目(自分の目)を気にすること、他者からの賞賛がないと幸せな気持ちになれないという、一種の奴隷状態から自由にされるのです。
一方、現代においては非人道的な職場があれば、その仕事を辞めることもできますし、場合によっては経営者を訴えることもできます(聖書の時代の奴隷はそのような選択の自由は与えられていなかった)。私たちが神様に仕え、導きを求めていけば、そのような決断をするべきか否かを神様が教えてくださることでしょう。
ライフチャーチ 大谷信道


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