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2019年3月27日(水)
ガラテヤ人への手紙 5:19-21 19肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、20偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、21ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。
【ポイント】 ①御霊の導きに従うーその2ー 「律法の行いによる義」を教えるユダヤ主義の最大の問題はイエス・キリストの十字架、神様の恵みを台無しにしてしまうことです。言ってみれば、キリスト教がキリスト教ではなくなってしまうことです。
さらに、イエス様の命令以外を律法のように教える律法主義的なキリスト教の最大の問題は教会内の「さばき合い」です。さばき合いは、教会の愛の交わり破壊するもの、または「キリストのからだ」の死にいたらしめるがん細胞のようなものです。新約聖書のパリサイ人たちを見ればよく分かりますが、ユダヤ主義の本質も律法主義ですから、ユダヤ主義が入り込んでしまったガラテヤの教会教会でも「さばき合い」が起こっていたことは26節の「互いにいどみ合ったり、そねみ合ったりして、虚栄に走ることのないようにしましょう。」という5章の結論部分からも明らかです。
ですから、ここでのポイントは、パウロはユダヤ主義、律法主義によって教会に入り込んでしまった「さばき合い」、今日の箇所で言えば「敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、21ねたみ、」は、ユダヤ人であれば誰でもが知っている深刻な罪である「不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、酩酊、遊興」と同じであるということなのです。
ここではパウロはユダヤ主義者の立場になって話しています。つまり、「あなたがたユダヤ主義者たちは熱心に律法を守っていると自負しているかもしれないが、教会の中に敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみなどが存在しているとしたら、それは罪を犯していることになるではないか!」「そのような者は偶像礼拝者と同じく神の国を想像することなどできない!」とユダヤ主義者の自己矛盾を戒めているのです。
神様の恵み、イエス様の十字架以外に、神の義を獲得する方法など絶対にないということなのです。
ライフチャーチ 大谷信道