デイリーディボーション 4月16日(火)

誰でも気軽に集える、明るく、カジュアルな雰囲気の教会です。

デイリーディボーション 4月16日(火)

2019年4月16日(火)
マルコによる福音書 3:23-27 23そこでイエスは彼らをそばに呼んで、たとえによって話された。「サタンがどうしてサタンを追い出せましょう。24もし国が内部で分裂したら、その国は立ち行きません。25また、家が内輪もめをしたら、家は立ち行きません。26サタンも、もし内輪の争いが起こって分裂していれば、立ち行くことができないで滅びます。27確かに、強い人の家に押し入って家財を略奪するには、まずその強い人を縛り上げなければなりません。そのあとでその家を略奪できるのです。
【ポイント】 ①イエスが何者であるのかを見極める。 昨日の箇所で、律法学者たちはイエス様を次のように批判していました。「彼は、ベルゼブルに取りつかれている。」「悪霊どものかしらによって、悪霊どもを追い出しているのだ。」イエス様は律法学者たちの馬鹿げた言いがかりを無視することなく、彼らの論理に合わせて反論されました。律法学者たちの批判が自己矛盾を抱えていることは、誰の目にも明らかですね。
そもそも、イエス様は人々を悪霊による苦しみから解放し、人々の心には喜び、神様への感謝、賛美があふれていたはずです。そのような現実を見ながら「悪霊どものかしらによって、悪霊どもを追い出しているのだ。」と考える人など誰もいないはずです。むしろ、マタイの福音書12章28節でイエス様が「28しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。」と宣言されている通り、人々は「神の国の到来」を直感的に感じ取っていたはずです。
皮肉なことに、律法学者たちのイエス様に対する誹謗中傷は、逆に「イエス様が何者であるのか」という人々(福音書の読者)の疑問を喚起させ、正しい結論に導き出すための助けになりました。人々は、イエス様の御業が神様の御業以外には考えられないという結論に達し、それは同時に、イエス様が間違いなくメシアであるということ意味しています。イエス様は神の国の到来を口で宣言されるだけでなく、その証拠を行動によって示されたのです。
ライフチャーチ 大谷信道


side_worship side_info