デイリーディボーション 4月17日(土)

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デイリーディボーション 4月17日(土)

2021年4月17日(土)
ヨハネの手紙第一 5:10-12 10神の御子を信じる者は、このあかしを自分の心の中に持っています。神を信じない者は、神を偽り者とするのです。神が御子についてあかしされたことを信じないからです。11そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。12御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。
【ポイント】 ①永遠のいのちは御子のうちにある 夫婦の幸せは、互いに愛し合うという約束をし結婚した者のみが手にすることができます。当たり前の話ですね。それでは「永遠のいのち」はどうでしょうか。多くの人は「永遠のいのち(罪の赦し・天国の約束)」は、商品やサービスのように単体で手に入れることができると考えています。しかし、今日の個所を読むと、そのような永遠のいのちの理解は全くの勘違いであることが分かります。夫婦の幸せが結婚した者だけが手にすることができるように、永遠のいのちは御子イエス・キリストとの愛の約束のみによって与えられるものであることが11節の「このいのちが御子のうちにある」という箇所から確認することができるのです。
このように考えると、「永遠のいのち」とは、「永遠に続く神様(キリスト)との愛の関係」と言い換えることもできるわけです。そもそも、ヨハネの福音書17章3節でイエス様は永遠のいのちについて次のようにはっきりと教えられています。「3その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」この「知る」ということばは「愛する」「愛の関係を持つ」ということばに置き換えることができます(参照:「そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。」マタイ1:25)。
イエス様との愛の関係がないところに「永遠のいのち」はありません。同様に、イエス様との愛の関係がないところに「信仰」もないのです。イエス様との愛の関係を抜いて語られる「永遠のいのち」「救い」「罪の赦し」「天国」「信仰」はすべて、すべて空しいものであり、偽りであることを知らなくてはなりません。
1コリント13章13節 13こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。
ライフチャーチ 大谷信道


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