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2021年5月26日(水)
マタイの福音書 3:10-12 10斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。11私は、あなたがたが悔い改めるために、水のバプテスマを授けていますが、私のあとから来られる方は、私よりもさらに力のある方です。私はその方のはきものを脱がせてあげる値うちもありません。その方は、あなたがたに聖霊と火とのバプテスマをお授けになります。12手に箕を持っておられ、ご自分の脱穀場をすみずみまできよめられます。麦を倉に納め、殻を消えない火で焼き尽くされます。」
【ポイント】 ①ヨハネの働きを理解する バプテスマのヨハネは神様から遣わされた預言者ではありましたが、この時点では、イエス様の福音、つまりイエス様だけを通して明らかにされる神様の御心について聞いていませんでした。確かに、イエス様は「悔い改めようとしない者を火で焼き尽くされる方」であり、さばき主であるわけですが、その説明がイエス・キリストについての真理をすべて明らかにしているわけではないのです。
人々はヨハネのメッセージを聞き、神様のさばきを恐れ、悔い改めに導かれているように見えます。つまり、人々の中には「恐怖」によって動かされ、悔い改めを行っている人がいたということです。現代のクリスチャンの中にも、神様からの罰を恐れること、祝福を受け損なうことを恐れることが信仰の原動力になっているのではないかと感じる人がいます。確かに、悔い改めない者が神様からの裁きの対象になるというメッセージに間違いはないのですが、聖書全体をみると、神様の計画は、恐怖によって人間の心を支配することでは決してないことが分かるのです。
しかし、人々の心を神様に向けさせ、イエス様の福音を聞き、受け入れる状態に導くためには、悔い改めない者に与えられる神様のさばきについて明確にすることが重要だったのでしょう。ヨハネによって悔い改めのバプテスマを受けた人は、バプテスマを受けた後に再び罪を犯してしまう自分の罪深さに直面することになったと思います。いくら悔い改めても、何度ヨハネからバプテスマを受けたとしても、自分の力で罪を克服することができない事実を知るときに、人々は神様に救いを求めるようになるのです。これこそが、神様が求められていた本当の悔い改めではないかと思います。
ライフチャーチ 大谷信道