デイリーディボーション 5月31日(水)

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デイリーディボーション 5月31日(水)

2023年5月31日(水)
【今日のみことば】 ローマ人への手紙 13章8-9節 8だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。9「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」ということばの中に要約されているからです。
①隣人愛は律法の最終形 マタイの福音書22章のイエス様のみことばを思い出しましょう。
マタイの福音書22章36-40節 36「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」37そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』8これがたいせつな第一の戒めです。39『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。40律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」
このイエス様のみことばがしっかりとパウロに伝わっていたことは、当たり前のように思えますが、実は凄いことだと個人的に感じています。パウロはイエス様がこのみことばを語られた場所にいませんでしたし、パウロの時代には今のような形で福音書が編纂されていなかった可能性もあります。しかし、今日の個所を読むと、イエス様のみことばが正確に記録され、伝えられ、理解されていたことが分かります。
ガラテヤ人への手紙の2章12-13節を見てみましょう。「12なぜなら、彼(ペテロ)は、ある人々がヤコブのところから来る前は異邦人といっしょに食事をしていたのに、その人々が来ると、割礼派の人々を恐れて、だんだんと異邦人から身を引き、離れて行ったからです。13そして、ほかのユダヤ人たちも、彼といっしょに本心を偽った行動をとり、バルナバまでもその偽りの行動に引き込まれてしまいました。」この個所から、ペテロやバルナバでさえも、イエス様の教えとは違う割礼派(ユダヤ主義的な考え方をするクリスチャン)に影響を受けていたことが分かります。もし、パウロに正確にイエス様の福音が伝わっていなかったら、またはパウロが正確にイエス様の福音を理解していなかったら、または、エルサレム教会の中の割礼派の人々に忖度し、割礼派の人々に調子を合わせていたとしたら、イエス様の福音が全く別物に変質し、変質した状態で記録され、伝えられていたかもしれないのです。
しかし、神様はそのような事態を許さなかったのです。神様は使徒パウロをはじめ、使徒たちを用い、イエス様の恵みの福音を正確に伝えさせ、愛が律法の最終形態であることをすべての人に明らかにされたのです。
言うまでもなく、この真理は今日まで変わることがありません。にも、関わらず、キリスト教会の中には様々な形で律法主義的な教えが絶えず侵入しているのです。律法主義的な教えは、教会の中に「信仰の比較」「信仰の競争」「さばき合い」「優越感」「劣等感」など、この世(罪の世界)と何にも変わらない現象を起こさせ、キリストの愛からクリスチャンを離してしまうのです。しかし、それではイエス様の十字架は空しいものになってしまうのです。
あなたの「信仰的なクリスチャン」とか「信仰の成長」のイメージの中にも、すでに律法主義が入り込んでしまっている可能性がありますし、そのことに一刻も早く気が付くことが大切なのです。
ライフチャーチ 大谷信道


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