デイリーディボーション 5月8日(金)

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デイリーディボーション 5月8日(金)

2020年5月8日(金)
テモテへの手紙 第二 2:11-13 11 次のことばは信頼すべきことばです。「もし私たちが、彼とともに死んだのなら、彼とともに生きるようになる。12 もし耐え忍んでいるなら、彼とともに治めるようになる。もし彼を否んだなら、彼もまた私たちを否まれる。13 私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。彼にはご自身を否むことができないからである。」
【ポイント】 ①本当の祝福を味わう 今日の個所の説明をする前に、はっきりさせておかなければならないことがあります。それは、イエス・キリストを知ることは、この世の何ものとも比べ物にならないほど祝福に満ちたものであるということです。私たちクリスチャンは、キリストの愛によってもたらされる心の平安は、他の何ものによっても得ることができない素晴らしいものであるという確信を日々深めていることが重要です。
キリストを知ることのによる心の平安を味わうために、私たちが行うべきことがあります。これを行わなければ、祝福を味わうことができないだけでなく、私たちの信仰自体が極めて不健全な状態に陥る可能性があります。マタイ10章38-39節を見てみましょう。「38自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。39自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。」つまり、私たちの「祝福(幸せ)」の価値観を180度変えなければ、キリストが与えようとされている「祝福」を味わうことができないと言ことなのです。
クリスチャンの中には、この価値観の変革を受け入れず、自分の価値観の中での「祝福(幸せ)」を求め続けてしまう人が少なくありません。礼拝の中でも繰り返しお話していますが、「もっとお金があれば」」「もっと健康であれば」「もっと偉くなれば」「もっと友人がいれば」「結婚できていれば」「子どもがいれば」という、「自分で決めた幸せ像」から離れることができないクリスチャンが非常に多く存在します。同時に、「イエス様を信じれば、あなたの像が実現する」かのような教えをする牧師も後を絶ちません。
ここに、忍耐が求められるのです。つまり、「38自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。39自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。」(マタイ10章)というイエス様の福音を伝える時に直面する、人々からの反発(不満、不人気)に負けることなく、イエス様の福音をそのまま伝え続ける忍耐です。
しかし「クリスチャン生活自体=忍耐(我慢)」という勝手なイメージを持たないことが大切なのです。キリストは私たちを「忍耐・我慢」ではなく「本当の祝福」の中に導かれたからです。
ライフチャーチ 大谷信道


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