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2023年6月14日(水)
【今日のみことば】 ローマ人への手紙 14章14-15節 14主イエスにあって、私が知り、また確信していることは、それ自体で汚れているものは何一つないということです。ただ、これは汚れていると認める人にとっては、それは汚れたものなのです。15もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。
①信仰の深さ、福音の理解の深さを誇ることは「本末転倒」その2 今日の個所でパウロは「(食物は)それ自体で汚れているものは何一つない」という、イエス様の教え(戒め)を明確にしています。ですから、私たちクリスチャンは、特定の食物を口にするという行為が罪を犯すことにはならないわけです。しかし、すでに学んできた通り、ユダヤ人(ユダヤ教徒)として生活していた人が、イエス様の福音を信じクリスチャンになった場合は、昨日までユダヤ教徒として汚れたものとして決して口にしなかった食物を、今日から食べるように言われたとしても、その習慣を変えることは大変難しかったのです。ユダヤ人クリスチャンにとっては、頭では分かっていても、あたかも罪を押しているかのような感覚を覚えてしまったのです。そして、その感覚は異邦人には理解するのが難しいものだったのです。
パウロはこの状況に対して、食物についての教えよりも、はるかに重要な教えが福音に含まれていることをローマ教会のクリスチャンに思い出させようとしています。それは「隣人を愛せよ」(例:マタイ22:39)、「赦し合いなさい」(例:ヨハネ13:14-15、マタイ18:21-35)というイエス様の命令です。
非常に残念なことに、現代の教会においても、聖書に忠実であることを大切にしている保守的な福音主義クリスチャン(教会)は、正しい福音理解については熱心に教えますが、その教えを実践できない人々に対する赦しの無さ、不寛容な態度を取る傾向を否めません。私たちは、今日のパウロの態度から、神様が私たちに求めている信仰の姿を学ぶことができます。それは、イエス様の福音に基づく正しい生き方をはっきりと教えた上で、イエス様のみことばに直ちに従うことができない人たちに対するあわれみ、寛容の心を持ち、その弱さを受け入れていくことです。それは、まさにイエス様が罪深い私たちにしてくださったことなのです。
マタイの福音書 18章32-35節 32そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。33私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。』34こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。35あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」
ライフチャーチ 大谷信道