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2023年6月16日(金)
【今日のみことば】 ローマ人への手紙 14章14-15節 16ですから、あなたがたが良いとしている事がらによって、そしられないようにしなさい。17なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。
①信仰の深さ、福音の理解の深さを誇ることは「本末転倒」その3 「本末転倒」に陥ってしまった信仰の具体的な姿が17節に記されています。「17なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。」
このパウロの教えは、食べ物についてだけでなく、クリスチャンとしての日々の生活の細部に至るまで適用することができます。食べ物(からだに何らかの物質を摂取すること)については、「飲酒」「喫煙」の可否が常に議論になりますし、主の晩餐の持ち方も理解が異なり、教会内で論争に発展することもあるでしょう。礼拝の中の賛美の種類についても「伝統的讃美歌 VS プレイズソング」のような考え方の食い違いが存在したりします。また、他の宗教(仏教・神道など)、またはそれらを信じている家族、友人、職場の同僚とどのように付き合っていくのか、例えば、仏式の葬儀に出席するべきか否か、出席したときに焼香するか否か悩んでしまう人もいることでしょう。
そこで参考になるのが、食べ物に関するパウロの教えです。まず、大切なことは、イエス様の教え・戒めを理解することです。食べ物に関してのイエス様の教えについてマタイ7章9節に「イエスは、このように、すべての食物をきよいとされた。」と記され、その教えに従い、パウロもこの後の20節で「すべての物はきよいのです。」と教えているのです。
しかし、これまで学んできたように、パウロは「すべての物はきよいのです」という聖書の教えで、それに難しさを覚えている人を一刀両断にさばいてはならないとも教えているのです。なぜなら、すべての食べ物はきよいという真理で主にある兄弟姉妹をさばいても、そこには御霊の実である「愛、喜び、平安、寛容、」などの実を結ばないからです。私たちが「良い」としている「正しい教え」「真理」は、用い方によっては神様からのそしりを受けることになってしまうということなのです。
ここに、愛とあわれみから生み出される「知恵」が必要になってくるのです。「真理」「正解」を語ることは誰にでもできます。しかし、自発的に真理を受け入れ、実践していくように人を導くことは、決して簡単なことではないのです。パウロは、この難題を「義と平和と聖霊による喜び」という実が結ぶことをゴールとして取り組むように教えているわけです。先に挙げた問題についても、同じように考えていくのです。議論の中で互いに「真理」をぶつけ合ったとしても、争いや分裂を産み出してしまったとしたら、それは神様の御心ではないことをしっかりと覚えておきましょう。
ライフチャーチ 大谷信道